実践編の2回目となる本稿では、ブーストコンバータを用いた2相インターリーブPFCを取り上げ、デジタル制御の実装過程を解説していく。複数の機能を備えるこの複雑な電源回路でも、実装の手順そのものは前回のバックコンバータと変わらない。機能ごとに要件を分析していけば、どのように制御すべきかが見えてくる。
前回は、バックコンバータを例に、デジタル制御を実装する過程を具体的に解説した。この過程は、トポロジーが異なる電源回路でも変わらない。そこで、今回取り上げるブーストコンバータによる2相インターリーブPFC(昇圧型AC-DCコンバータ)のデジタル制御について具体的な説明を始める前に、もう一度、この過程をおさらいしておこう。
デジタル制御を実装する過程は、次の5つのステップに分割できる。
(1)電源の要求仕様を分析して制御の方式を設計する
このステップではまず、電源の制御に必要な一連の処理をデジタル制御ICのハードウェアで実行するかソフトウェアで実行するかを選択する。次に一連の処理を、周期処理、即時処理、通常処理の3つに分類し、ソフトウェアで実行するものには優先順位を設定する。
(2)I/Oレジスタの設定方法を確認する
デジタル制御ICを構成する各ハードウェアに割り当てる処理を決定し、ICのハードウェア仕様を熟読して、それらに所望の動作をさせるためのI/Oレジスタの設定方法を確認する。
(3)ソフトウェアの基本構成を準備する
通常処理、周期処理、即時処理の3つに分類した各処理ごとに、関数と呼ばれるソフトウェアのまとまりを準備する。特に周期処理と即時処理は、処理の数だけCPU割り込み関数を準備する。後は、通常処理にハードウェア初期化処理とCPU割り込み関数登録を組み込めば、各ハードウェアが連動する仕組みと、ハードウェアとソフトウェアが連動する仕組みが整う。
(4)制御方式に従ってソフトウェアを記述する
電源の要求仕様に合った制御方式に従ってソフトウェアを記述する。電源の要求仕様を満たすように演算過程で数値データの有効数字を確保することと、所定の処理時間内に納めることは必須条件だ。
(5)フィルタ係数を調整する
電源の特性を確認しながら、要求仕様を満たすようにフィルタ係数を調整する。このフィルタ係数は、実態としてはメモリ上に配置された数値データである。従って作業効率を高めるなら、通信機能を使ってこのデータを外部から書き換える仕組みを組み込んでおくのが簡便だ。
以上で復習は終わりである。これで考え方の準備は整った。あらためて、本稿で取り上げる2相インターリーブPFC(力率改善)回路について要求仕様を分析する作業から始めよう。
ブーストコンバータによる2相インターリーブPFC回路は、その名称から複雑な電源のように思えるかもしれない。しかし、その機能から導かれる要件を分析すれば、どのように制御すればよいかが見えてくる。具体的な回路構成を図1に示し、要求仕様を表1中にまとめた。
この電源には、3つの基本的な機能がある。それは、(a)ブースト(昇圧型)コンバータ、(b)インターリーブ動作、そして(c)PFCだ。それでは具体的に説明しよう。
まず、(a)ブーストコンバータの機能は、商用電源である交流(AC)電圧を全波整流した入力電圧(VI)を昇圧して、直流電圧である出力電圧(VO)を生成することだ。ブーストコンバータの動作の仕組みは専門書に任せるが、どのように制御するかの観点で見れば、出力電圧が目標値に対して低ければトランジスタ(Q1とQ2)をオン/オフするゲート駆動信号(PWM0とPWM1のPWM駆動波形)の時比率を上げ、目標値に対して高ければ時比率を下げるという動作になり、降圧型と昇圧型の違いはあるものの、制御の基本はこれまで扱ってきたバックコンバータと同じである。つまり、スイッチング周波数(FS)の周期で、出力電圧の観測値にデジタル信号処理を施し、得られた結果で時比率を更新すればよい。
次に、(b)インターリーブ動作の機能は、並列に配置された2つのブーストコンバータそれぞれのゲート駆動信号に均等に位相差を設けることだ。今回は2相なので、互いの位相が180度ずれた2つの駆動波形が必要になる。本連載の第2回「導入編その2」で述べたように、PWM波形生成器がPWM駆動波形を生成する方法は、実際には基準クロックのカウント数である数値データを設定するだけなので、スイッチング周期の1/2に相当するカウント数だけ、PWM1のPWM駆動波形の出力をPWM0のそれから遅らせればよい。また、デジタル信号処理は共通とし、その結果を両者(PWM0とPWM1)に適用する。今回取り上げる電源では、インターリーブ動作の目的が、1相当たりのピーク電流を抑えることにあり、出力電圧の変化に対する応答速度を高めることではないからだ。
最後に、(c)PFCの機能は、入力電流の波形を入力電圧の波形に近づける(相似にする)ことである。AC電流波形の補正機能は、現在の出力電圧を維持するために必要な入力電流の実効値から、入力電流波形と入力電圧波形が相似になる時比率を算出するものだ。これを考慮すれば、入力電流波形を入力電圧波形と相似にするには、PI(比例・積分)制御フィルタの演算結果を出力電圧の変化にできるだけ追従させない(通過帯域を10〜20Hz以下に抑える)ことになる。これは、入力電流波形が入力電圧波形と相似な状態であっても、出力電圧がAC電圧を全波整流した入力電圧の変化に追従して変化(商用電源周波数の2倍)することをイメージすれば、容易に推測できる。
以上のように、電源の機能を分析していくと、表1の「制御の方式設計」の通り、前回のバックコンバータとは異なる部分が出てくる。つまり、できるだけCPU稼働時間を抑えることを目的にすると、PI制御フィルタの処理周期をスイッチング周期に比べてより長い周期で実行できる(通常、フィルタの通過帯域は、スイッチング周波数の1/5〜1/10以下で設計する。ここではスイッチング周期の8倍に相当する100μsとした)。また、スイッチング周期と異なるCPU割り込み要求を発生させるため、タイマーを使用している。
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