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汎用電源にデジタル化の波(4/4 ページ)

» 2006年03月01日 00時00分 公開
[川村 祥子,EDN Japan]
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ロバスト制御で動作を安定

 電源のデジタル化は、汎用電源においては新しいが、それ自体、決して新しい技術ではない。

 デンセイ・ラムダは、1980年からUPS(uninterruptible power systems:単相無停電電源装置)用のフルデジタル電源を開発している。UPSは、バッテリや動作状態の推移をオンラインでモニターし、電源投入時/システム復帰時の自動化やシーケンス制御といった、数多くの制御を必要とする。制御方式をアナログからデジタルに変えることで、部品点数を7割も減らせたという。

 「DSPの高速化に伴い、2002年よりスイッチング電源のデジタル化を検討し始めた」(同社 竹上氏)。

図6 ロバスト制御系の構築<sup>*1)</sup>必要な帯域で、外乱Qによる制御量yへの影響を0に近づける。 図6 ロバスト制御系の構築*1)必要な帯域で、外乱Qによる制御量yへの影響を0に近づける。 

 同社が「TECHNO-FRONTIER 2005」で出展したデジタル制御のクオーターブリック形状の絶縁型DC-DCコンバータは、製品のシリアル情報や入出力電圧、出力電流、温度をリアルタイムにパソコンに出力できる。出力電圧の調整可能な範囲は0.5V〜3.6Vである。デジタル制御電源モジュールのビジネス化をにらみ、ユーザーの声を拾うために試作機を展示した。反応の多さに手応えを感じたという。

 「電源モジュールの試作を通してデジタル制御電源の基礎技術は確立した。今後は絶縁型電源をベースとして、応答特性の更なる改善、モニタリング等の周辺技術の充実化などを図る」と同氏は言う。

 現在開発中の電源の制御方式は、試作機と同様、ロバスト制御方法を採用している。これは、電気通信大学 樋口幸治助教授が考案した近似的2自由度系制御技術を使う(図6、7)。

図7 二次モデルを実現する近似的2自由度デジタル積分形制御系<sup>*1)</sup> 図7 二次モデルを実現する近似的2自由度デジタル積分形制御系*1) r:目標値(基準電圧)Q:外乱y:制御量(出力電圧)外乱Qから出力電圧yへの特性と、目標値r(基準電圧)から出力電圧yへの特性とを分けて、出力電圧を制御する。近似を使うことで目標値-出力電圧を二次モデル、外乱-出力電圧の主要部を一次モデルと、簡単な伝達関数とした。

 この技術では、外乱から出力電圧への特性と、目標値(基準電圧)から出力電圧への特性とを十分に分けて、おのおの独立に出力電圧を制御する。このため、基準電圧に対する出力電圧の制御は、負荷条件や入力電圧の変化という外乱による影響を受けない。また、必要な帯域で外乱による制御量への影響を0に近づける。ただし、目標値に対して出力電圧を正確に制御しようとすると複雑な関数になってしまう。近似を使うことで目標値-出力電圧を二次モデル、外乱-出力電圧の主要部を一次モデルと、簡単な伝達関数とした。

 この制御方法により、入力電圧や負荷特性の変動にほとんど依存しない高速な立ち上がり特性や良好な負荷応答特性が得られる(図8、9)。

図8 従来の制御方式とロバスト制御方式の負荷急変特性従来の制御方式では出力の容量が増えると電圧の振動回数が増しているが、ロバスト制御は負荷容量の変化による特性の変化がほとんど見られない。波形はデンセイ・ラムダと電気通信大学で共同開発した試作機のもの<sup>*4)</sup> 図8 従来の制御方式とロバスト制御方式の負荷急変特性従来の制御方式では出力の容量が増えると電圧の振動回数が増しているが、ロバスト制御は負荷容量の変化による特性の変化がほとんど見られない。波形はデンセイ・ラムダと電気通信大学で共同開発した試作機のもの*4) 
図9 ロバスト制御方式の立ち上がり波形負荷条件や入力電圧条件の変更による影響がほとんど見られない。波形はデンセイ・ラムダと電気通信大学で共同開発した試作機のもの<sup>*4)</sup> 図9 ロバスト制御方式の立ち上がり波形負荷条件や入力電圧条件の変更による影響がほとんど見られない。波形はデンセイ・ラムダと電気通信大学で共同開発した試作機のもの*4) 

 従来のアナログ制御では容量性負荷などの条件を加味しないため、「出力コンデンサの容量やESR(equivalent series resistance)を考慮しないと速い応答性を得られなかった」(デンセイ・ラムダの竹上氏)。

 「ロバスト制御にすることで、出力コンデンサの容量を減らして実装面積を小さくできる。デジタル電源の利点は、アナログ式では実現できない高度な制御を実現できることだ」(電気通信大学 樋口助教授)。

普及のカギはコスト

 デジタル制御電源の波は着実に押し寄せてはいるものの、国内ではまだ急速な立ち上がりは見えていない。最大の課題はコストだ。デジタル制御用DSPの価格はアナログ方式の制御用ICの4倍程度と高い。アナログ方式のIC程度まで値段を激減させない限り、単純に置き換わることはありえない、との見方が今のところ主流である。デジタル制御用の電源ならではの費用対効果を得られる用途が求められる。

 「電源メーカーとセットメーカーが、お互いに費用対効果を得られる有効な用途をまだ見いだせていない状態ではないか」と村田製作所の森島氏は見る。

 また、ベルニクスの鈴木氏は「顧客の声は逐次ヒアリングしているが、量産化の要求はまだない」という。高い精度で連続的に出力電圧を変える、特別注文に近い測定器で仕様の打診があったのみだという。「小型と安価が求められる民生機器向けではなく、サーバーなど高級機種から浸透するのではないか。米国のCisco Systems社、IBM社、Intel社と交流が深い電源メーカーなどは用途が見えているのではないか」と先行する米国に注目する。

 日本メーカーが一様に口をそろえるのは、米国から先に普及するという見方だ。これまでの電源技術と同様、バグ出しも含め、米国で技術的に浸透したころに日本にも広がり始めると予想する。「Point Of Load Alliance、DOSAが動き出せば、点ではなく面で広まる可能性がある」と、ある技術者は見る。

 アナログ方式とは異なり、新技術の進化の過程にあるため、解決すべき課題も多いようだ。機能数が増えれば増えるほどDSPやMPUに処理速度の高速化が要求される。また、動作周波数が100MHz程度の高速なDSPが必要であるため、消費電力は大きくなる*4)。DSPの性能が向上しているとはいえ、デジタルPWMは量子化の過程を経るために時間分解能には限界がある*4)

 「デジタル電源については、まずコミュニケーション機能から浸透し、その後、制御理論、と段階を踏んで発展していくのではないか」とデンセイ・ラムダの竹上氏は見る。ただし、最先端のLSIパッケージ技術が携帯電話機で爆発的な普及を見せたように、必要不可欠な用途が浮上すると急速に採用が進む可能性はある。その時に備え、主要各社は着々と準備をしている。

脚注

※4…デンセイ・ラムダ「TECHNO-FRONTIER2005」説明資料


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