数年前、筆者は設計技術者として、大学の研究成果を商品化に結び付けた製品の設計を引き継ぐことになった。その製品の用途は、エレクトレットの表面電荷を測定することであった。測定の対象とするエレクトレットから少し離れた位置に集電電極を配置し、それを標準的な積分回路に接続するというものだ。集電電極に電荷が蓄積すると電流が流れ、その積分値がエレクトレット表面の電位に比例するという原理である。アイデアとしては単純だが、理論的には問題はなかった。引き継ぎにあたっては、その設計が正しく機能することが、大学の研究者からデモで示された。しかし、筆者は、実使用時には浮遊容量によるリークが問題になり、実際の製品に適用するには考慮が足りなさそうだと感じていた。しかし、そのとき筆者はまだ未熟であったこともあり、疑問に思っていることを質問することすらできなかった。
しばらくして、実際にその製品の製造が始まった。小さな問題はいくつか発生したが、製品は正常に機能し、その設計はこの先20年間変更が不要なものであるかのようにも思えた。だが、実際には、この回路が問題を抱えていることが認識されなかったが故に使われ続け、後にトラブルを引き起こすことになったのである。
時が過ぎて、ある事情から、その製品の製造元を変更しなければならないことになった。このとき、筆者は、すでにその会社を辞めて起業していたのだが、設計を少し見直して改変する作業に協力してほしいと会社から依頼された。若干の不安もあったのだが、改良を請け負うことにした。筆者が行った新たな設計により、試作の段階では、元の装置よりも、少しだけ動作の状況がよくなった。
ただ、諸般の事情から、プリント基板の製造元も変更することになっていた。筆者は、それによって何かが変わるわけでもないと思っていたのだが、残念ながら、最初に製造した5つの装置の基板が基本的なテストにパスしなかった。問題点はただ1つ、リークが多過ぎることだった。
さまざまな考察と試行錯誤を重ねた結果、予備含浸(プリプレグ)基板材料に原因があると判断した。基本的な調査からやり直した結果、そのメーカーの標準仕様の基板はFR-4基板であることがわかった。電話とメールでメーカーとやりとりし、製造した5つの装置に使用したロットの特性も把握できた。そのロットでは、基板の体積抵抗率は7×107MΩcmであり、規格内に収まっていた。しかし、筆者は、ロットの平均値ではなく、実際に使用していた基板そのものの値こそが問題であると感じ、使用状態において個々の基板の抵抗値を測定してもらうことにした。
単純な積分回路を利用した設計なので、キャパシタの放電速度から回路の全リーク量を求めることができた。求めた値の一部が、基板の体積抵抗率に依存することになる。良品の基板で測定した結果、全リーク量は抵抗値換算で表すと106MΩのレベルであった。一方、不具合のある基板で測定すると、105MΩよりやや小さいレベルになった。この結果から、検討は正しい方向に進んでいると考えられた。
さらに調査を進めた結果、問題が生じないようにするためには、108MΩcm以上の体積抵抗率を必要とすることがわかった。それを踏まえて、基板メーカーに製造のやり直しを依頼した。新しく出来上がった基板を使った装置が期待どおりに機能したときには、大いに納得した。それ以降、基板に対する要求条件として、材料の最小体積抵抗率が明記されるようになった。
この経験から、筆者は2つの重要なことを学んだ。1つは、仮説を立てたら、それを具現化してみることが重要だということである。もう1つは、基板は、実装する部品を支える役割だけを果たしているのではなく、それ自体が1つの部品として機能するものだということである。
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