ここからは、ARMのライセンシー企業の取り組みを見てみよう。
グラフィックスプロセッサの大手ベンダーとして知られるNVIDIAは、2003年8月のMediaQと2006年11月のPortalPlayer、両社の買収を通して、ARMアーキテクチャを用いたSoCを開発するための最高レベルの技術力を手に入れた。NVIDIAが開発したSoC「Tegra」の第1世代品は、ARM11コアを搭載しており、Microsoftのポータブルマルチメディアプレーヤ「Zune HD」や、短命に終わった携帯電話機「KIN」に採用されるなど一定の成功を収めた。
第2世代品となる「Tegra 2」は、「CES 2010」において、「Cortex-A8をスキップして、その次のARMのアプリケーションプロセッサコアを採用する」と発表された。実は、1年前の2010年半ばごろ、NVIDIAの評判はあまり芳しくなかった。その理由は、同社CEO(最高経営責任者)のJen-Hsun Huang氏がCES 2010で、「タブレット端末など、Tegra 2を搭載した複数の機器が間もなく市場に登場する」と公言していたことが、その通りになっていなかったからだ。
しかし、この1年間で状況は大きく変わった。まず、NVIDIAは、「Tegra 2」によって、デュアルコアのCortex-A9を用いたプロセッサ製品の市場投入で1番乗りを果たすことができた。これは、競合するTexas Instruments(TI)などと比べても、数四半期も早い。こうした状況の中、Androidのタブレット端末向けOSである「Android 3.0 Honeycomb」のリファレンスデザインに、Tegra 2の採用が決まった(図1)。そして、2011年1月と2月中旬に続けて開催されたCES 2011と「MWC(Mobile World Congress) 2011」で相次いで発表された高機能スマートフォンでも、複数の機種にTegra 2が採用されている。
しかし、動画配信ソフトウェアを展開するBoxeeが開発した専用セットトップボックスについては、1080p(1920×1080画素のプログレッシブ映像)と、H.264ハイプロファイルに対応する映像をデコードする機能を備えていなかったため、どたん場でIntelの「Atom CE4100」に置き換えられた。LG Electronicsも、スマートフォン「Optimus 3D」に、TIのCortex-A9をデュアルコアで搭載するSoC「OMAP(Open Multimedia Applications Platform)4」を採用した。しかし、その2カ月程前にLGが発表したスマートフォン「Optimus 2X」にはTegra 2が採用されている。LGが、Optimus 3DでOMAP4を選択した理由は、Tegra 2が720p(1280×720画素のプログレッシブ映像)にしか対応していないが、OMAP4は1080pに対応するとともに、リアルタイムで3Dコンテンツの符号化が可能だったからである。
Tegra 2には、「T20」と「AP20」の2品種がある。いずれもプロセッサの動作周波数は1GHz。タブレット端末向けであるT20は、GPU(Graphics Processing Unit)の動作周波数が333MHzに設定されており、メインメモリーにはPCと同じDDR(Double Data Rate)2 SDRAMを使用できる。一方、携帯電話機向けのAP20は、GPUの動作周波数は300MHzで、消費電力の小さいLP(Low Power)DDR2 SDRAMに対応している。Tegra 2に搭載されているARMのプロセッサコアの個数は厳密に言うと3個である。SoC全体の電源管理用にARM7も搭載しているからだ(図2)。また、オーディオ、画像処理、グラフィックスなどの専用プロセッサが動作しているときには、2個のCortex-A9コアの動作を停止させておくことができる。
NVIDIAは2011年1月に、同年第1四半期中に「Tegra 2 3D」(「T25」と「AP25」の2品種)を発表することを示唆する文書を出した。動作周波数は、ARMコアが1.2GHz、GPUが400MHzに高速化されている。しかし、夏を過ぎた現時点においてもTegra 2 3Dは正式に発表されておらず、今後、商品化されるかどうかははっきりしていない。なぜなら、Tegra 2の後継品となる、Cortex-A9をクアッドコア構成で搭載する「Tegra 3」(開発コード名:「Kal-El」)が間もなく市場に投入されるからだ。NVIDIAは、MWC 2011のわずか12日前に、提携するファウンドリからKal-Elの最初の試作サンプルを入手している。MWC 2011では、Kal-Elのグラフィックス機能が大幅に強化されていることを示した。1080pに対応していなかったTegra 2に対して、Kal-Elは、1フレーム当たりの画素数が1080pの2倍となる、2560×1600画素の映像を処理できるというデモを行ったのである。
Kal-Elに搭載されるCortex-A9の動作周波数は1.5GHzが目標となっている。Kal-Elは、Tegra 2と異なり、各プロセッサコアにNEONに対応するFPUを組み込んでいる。しかし、容量1MバイトのL2キャッシュメモリーをプロセッサコア間で共有することや、32ビットのシステムメモリーインタフェースを備えていることは、Tegra 2と同じである。NVIDIAが設計したKal-El向けのGPUは、処理速度がTegra 2より向上している他、GPU内のコア数も8個から12個に増えた。
Tegra 2とKal-Elは、いずれも40nmプロセスで製造されている。このため、ダイサイズはTegra 2が49 mm2であったのに対しKal-Elは約80 mm2まで増加した。NVIDIAのマーケティング担当者は、「Kal-Elの処理速度は、Tegra 2の約5倍になった(図3)。これは、プロセッサの処理性能が2倍、グラフィックスの処理性能が3倍になったことによって実現されたものだ。一方、消費電力は、処理負荷に依存するものの、プロセッサコア単位で見れば同等以下になったり、大幅に小さくなったりする場合もある」と説明する。
NVIDIAの幹部は、「Kal-Elを搭載したタブレット端末の量産品が登場するのは2011年8月頃になるだろう。スマートフォン向けのKal-Elは、年末商戦に間に合うように提供できる」と楽観的な見方を示している。ただし、Kal-Elの採用を検討するのであれば、過去になされた過度に熱のこもった予告を思い出して、ある程度慎重になるべきだろう。NVIDIAは、Kal-Elの後継品(これもまたアメリカンコミックスのヒーローを連想させる開発コードが使用されている)を2012年に発表する予定である。そして、「2014年にはTegra 2の約100倍の性能を実現する」(同社)という。
NVIDIAがARMコアを搭載したSoCを展開するのはモバイル機器市場だけではない。同社は最近、ARMとの契約をアーキテクチャライセンスに引き上げた上で、スーパーコンピュータなど向けのハイエンドプロセッサ製品「Project Denver」にARMコアを用いることを検討している。
* * *
後編では、NVIDIAに続けて、TIやApple、Qualcommなど、ARMの有力なライセンシー企業の取り組みを紹介する。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.