ポータブルがん検出器を制御するには、その動作のベースとなるプロトコルを定義する必要がある。筆者は、自身で開発した機器に対して、常に簡単な2文字のコマンドと各種の記号で構成されたASCIIコードによるプロトコルを組み込んでいる。コマンドは、アルファベット1〜2文字の後に引数やセミコロンが続く構成で、スペースは無視する。以下にコマンドの例を紹介しよう。
このようなプロトコルは大容量のデータブロックを効率的に転送するのに適切ではない。また、ホストコンピュータに組み込むソフトウェアが開発されるときに、コマンドが追加されたり、プロトコルそのものが置き換えられたりする。ただし、この自作のプロトコルは、どんな端末からでも開発した機器を制御できるというメリットがある。筆者はこのプロトコルをDMR-3のUSBポートと非同期ポートに実装し、両ポートを常にアクティブ状態にしている。一方のポートはメインのホストコンピュータとのインタフェース用に、もう1ポートは診断用に使用できる。
マサチューセッツ総合病院のシステム生物学センターでモバイルプログラミングエンジニアを務めるChangwook Min氏は、DMR-3に接続したホストコンピュータ上で、DMR-3の制御とスキャンデータの解析を実行するためのプログラムを作成した。Min氏は、同プログラムの初期開発を、AppleのPC「Macintosh」と同社の統合開発環境「Xcode 3.2.5」を用いて、Objective-Cベースで行った。その後、「iPhone 3G」と「iPad」(「iOS」のバージョンは4.2)でも同プログラムを利用できるようにした。また、スキャンデータをグラフとして描画する機能については、Xcodeがグラフ描画専用のグラフィックスフレームワークを備えていなかったことから、Appleのアプリケーション構築用API「Cocoa」で利用できる「Core Plot」を使用した。
DMR-3の開発プロジェクトはすでに終了している。製造コストが200米ドル程度で済むという成果は、免疫組織化学染色検査と比べて大幅なコスト削減が可能なことを示している。ただ、もし回路設計を修正する機会が得られるならば、筺体内の3枚のプリント基板を1枚に統合したい。Delfinoは継続して使用するが、A-DコンバータボードのCPLDを省いて、AD7690とDelfinoを直接接続する。DDSボードの2個のDDS ICは、2チャネル分のDDS回路を集積した「AD9958」1個に置き換えるか、さらに思い切って1チャネルのDDS IC1個だけにしてしまってもよいかもしれない。そもそも送信中にはデータを取り込まないのだから、1個のDDS ICで送信と受信、両方の機能を実現できない理由はないだろう。
他には、動作時の消費電力に合わせてDDSボードのパワーアンプを再検討したい。プロジェクトの初期段階では消費電力がわからなかったので、余裕度をやや大きく持たせ過ぎた。また、RFボードの受信パスを最適化すれば、ミキサーICの後に配置する可変ゲインアンプをもっと低コストのものに置き換えられるはずだ。
とはいえ実際には回路設計を修正することはないだろう。「NMR分光を応用した低価格のポータブルがん検出器」という開発コンセプトが実証されれば、今回の開発成果は、我々からは“壁の向こう”になる産業界で、ゼロベースで開発に着手するであろう回路設計チームに引き渡されるか、全く利用されずに廃棄されることになるからだ。
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