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インダストリー4.0への移行を加速する産業用イーサネットあらためて知りたい、その利点(2/4 ページ)

» 2020年10月08日 11時00分 公開

産業用イーサネットの利点

 インダストリー4.0のビジョンの中心には、接続性があると考えられます。十分に高い接続性が実現されたエンタープライズ環境を実現するには、次のようなことを行う必要があります。

 まず、上位層のIT(情報技術)環境またはエンタープライズ・インフラを、工場のフロアの制御ネットワークと融合。次に、工場のフロアに既に存在する多種多様なネットワークや生産セルの全てを共存させ、相互運用させる必要があります。さらに、製造環境のエッジからエンタープライズ環境のクラウドに至るまで、プロセス環境の全体にわたるシームレスで安全な接続を確保しなければなりません(図2)。

 これらの課題に対処するには、基盤となるネットワーク技術を導入する必要があります。その技術は、相互運用性と拡張可能性に優れ、必要な範囲を網羅できるものでなければなりません。イーサネットは、既に広く導入されており、十分に理解されている技術です。このことから、理想的なソリューションであるようにも思われます。実際、帯域幅が広く、高速なコミッショニングが可能なので、あらゆる製造環境のITインフラにも広く採用されています。

図2:ITとOT(運用技術)の世界の融合 出典:Analog Devices(クリックで拡大)

 しかし、リアルタイムの動作に対応しなければならないことを考えると、標準のイーサネットは、産業用の制御インフラに対して適切なソリューションとは言えません。OT(運用技術)分野の制御ネットワークでは、送受されるメッセージが必要な場所に必要なタイミングで届くことを保証する必要があります。それによって、目の前のタスクやプロセスの正しい動作を維持できるからです。

 トラフィックをルーティングするためのTCP/IPでは、このレベルのデタミニスティック(確定的)な性能は本質的に保証されていません。オフィス環境では、標準のイーサネットを採用することで、ファイルの共有やプリンタなどのネットワークデバイスへのアクセスが可能になりました。それと同じように、産業用イーサネットを採用することで、産業用コントローラーは、データにアクセスし、PLC(Programmable Logic Controller)からのコマンドを、工場のフロア全体に分散配備されているセンサー、アクチュエーター、ロボットに送信できるようになります。

 産業用イーサネットが標準のイーサネットと異なる点としては、メッセージの遅延や不達による影響が生じないことが挙げられます。リアルタイム動作を必要としないアプリケーションでは、例えばウェブページの更新が遅いといった問題があっても、その影響は最小限で済みます。しかし、製造環境では、原材料が無駄になったり、予想外の人的被害が出たりといった具合に、大きな影響が生じるおそれがあります。制御システムを正しく機能させるためには、常にオンタイムでメッセージが宛先に届けられることを保証しなければなりません。

 そうした事情から、OTの制御レベルに適した技術として、産業用イーサネットが注目されるようになりました。目標は、ITネットワークと上位層のOTネットワークの間だけではなく、工場のOTネットワークのさまざまな階層から末端のノードであるセンサーまでをシームレスに接続することです(図3)。

 現在、OTネットワークの下位層から、IT/OTを融合したコンバージド・ネットワークを必要とする上位層のイーサネットまでの接続を実現するには、複雑で消費電力の多いゲートウェイが必要です。イーサネットをベースとし、工場全体のレベルで相互運用が可能なオートメーション用のネットワークがあれば、そうしたゲートウェイは不要になります。その結果、ネットワークが大幅に簡素化されます。

図3:オートメーションの階層 出典:Analog Devices(クリックで拡大)

 実際、OTネットワークの上位層との間の変換と接続に使用されるプロトコル・ゲートウェイは、アドレスを直接指定することができません。そのため、ネットワークにおいて孤立を招く要因になり得ます。この孤立は、工場のフロア全体で情報を共有する能力を制限します。これは、OT側からのテレメトリーデータを収集し、IT側の分析とビジネス・プロセスを促進したいインダストリー4.0のビジョンとは相反するものです。

 多くのベンダーは、OTネットワークに適したリアルタイム・プロトコルの提供に取り組みました。その目標は、デタミニスティックなパケット伝送とタイミングにより、制御アプリケーションにおける必須の要件を保証することです。このようなプロトコルを基に開発されたソリューションであれば、デタミニスティックなものになります。

 しかし、そのプロトコルは各ベンダーに固有のものなので、互換性のない多数のソリューションが乱立するという結果を招きました。つまり、異なる生産セルで異なる通信プロトコルが使用され、各生産セルの相互運用を実現できない状態に陥るということです。これでは「データの孤立」や「データ・アイランド」の状態が続いてしまいます。

 必要なのは、制御用のトラフィックが損なわれないことを保証できる形で、異なるプロトコルを使用する多様な生産セルの共存と、ネットワークの共有を可能にするソリューションです。

 この課題を解決するためのものが、IEEE 802.1 TSN(Time-sensitive Networking)です。TSNは、特定のベンダーに依存しないリアルタイム・イーサネットの標準規格です。その名が示す通り、時間を重視したものとして策定されています。TSNを利用すれば、標準のイーサネットを使う場合と同等で、なおかつミッション・クリティカルなアプリケーション向けにタイミングが保証された通信を実現できます。

 TSNは、あるポイントから別のポイントまで、予測が可能な固定の時間内に確実に情報を伝送できるように設計されています。つまり、TSNでは、タイムリーな伝送が保証されているということです。時間の予測が可能な通信を実現するには、ネットワーク上のデバイスが時間の概念を共有していなければなりません。TSNでは、同規格に対応する特定のイーサネットフレームをスケジュール通りに送信しつつ、同規格に対応していないフレームをベスト・エフォート方式で送信する手段が定義されています(図4)。こうすることで、リアルタイムのトラフィックと非リアルタイムのトラフィックを同一のネットワーク上で共存させることが可能になります。全てのデバイスが同じ時間を共有するので、遅延とジッタを抑えつつ、最速でギガビット/秒(Gbps)のレベルで重要なデータを伝送することができます。

図4:TSNの概要 出典:Analog Devices(クリックで拡大)

 最終的な目標は、各種プロトコルがデタミニスティックかつ確実にワイヤを共有できるコンバージド・ネットワークを構築することです。TSNは、デタミニスティックなシステムを実現するためのツールボックスとして働きます。同規格を採用すれば、標準化された信頼性の高い接続アーキテクチャに移行し、プロプライエタリなフィールドバスによるデータの孤立を避けられます。このようなネットワークの融合を実現すれば、ネットワークそのもののスケーラビリティが高まり、10Mbpsから1Gbps以上に達する帯域幅を活用して、より多くのデータを扱えるようになります。

 新規の施設全体にTSNを導入するというケースもあるでしょう。しかし、既存の施設内のセルやセグメントに段階的にTSNを導入していくというケースも多いはずです。近い将来、製造現場で使用する装置のメーカーは、従来型の産業用イーサネット・ソリューションに加えて、TSNをサポートしなければならなくなるでしょう。

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