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ジャンクション温度の計算(6)―― 実機のスイッチング素子の温度計算中堅技術者に贈る電子部品“徹底”活用講座(最終回)(3/4 ページ)

» 2023年07月31日 11時00分 公開

I2t値

 ダイオード、サイリスタ、TRIACなどキャパシタ入力形充電回路に使われる半導体には短時間ですがIFSMを超える充電電流が流れる時があります。
 この充電電流は短時間(数ms程度)ですので今まで説明してきたように過渡温度上昇の観点からは問題がないことが予測できます。事実、ダイオードやサイリスタ、トライアックなどの仕様書には電流2乗時間積、いわゆるI2t値が記載されて保証項目になっている例が数多くあります。
 この項目は下記のようにダイオードの順方向電流Iと印加時間tが測定できれば詳しいジャンクション温度の計算を行わなくても一定の温度内であることを保証できるとしたものです。

IFSM:パルス幅10msの半波正弦波の非繰り返し順方向最大サージ電流。非繰り返しとは前回の物理的影響(ダメージ)が残らない間隔で起きる現象です。

 ダイオードを含む半導体のジャンクション温度の上昇値ΔTJ

1式

で表せます(R0:基本熱抵抗指数、VF:順方向降下電圧、IF:順方向電流)
 1式を変形して2式を得ます。

2式

 2式を2乗します。

3式

 つまりダイオードのVFなどが一定と見なせるのであればI2tは一定値になります。厳密にはVFは若干の電流依存性を示すため完全な一定値ではありませんがダイオードやサイリスタ、トライアックなどは定電圧性の飽和電圧を示します。このような素子では上記の仮定が成り立つ時間tや電流IFの範囲内限定ですがこの保障方法が広く用いられています。あるダイオードの仕様書には実際に次のような説明文があります。

パルス幅1ms以上、10ms未満での非繰り返し最大許容電流ピーク値を算出するための値

 この内容に従えば1msのIFは10ms時の3.16倍程度が上限になります。この程度のIFの範囲であればVFは一定と見なしても問題はありませんし、多くのメーカーは値こそ異なるものの保証方法は類似の内容になっています。

注)この時のIFはパルス幅tW=10ms、半波非繰り返しの正弦波の実効値、あるいは矩形波で規定されるのが標準です。ただメーカーによっては見かけの保証値を大きく記載するためにピーク電流値で記載してある場合があるので記載内容をよく確認してください(ピーク値の場合は実効値の2倍の値になります)。
 また時間を短くすれば電流値は際限なく大きくなりますがチップの電流集中、ワイヤーのダメージ、VFの増加などの制限があり印加時間が1ms以下の場合は1msの値が適用されます。10ms以上の場合はカタログのIFSM低減曲線に従います。

I2t値の使い方

 保証値が4.5(A2s)のダイオードは2msではピーク電流はどこまで許容できるのでしょうか。

 I2はI2=4.5/0.02=2250A2
 したがって、I=47.4Arms
 ピーク電流は実効値の√2倍ですからIP=1.414×47.4=67APまで許容できます。

※このI2t値はダイオードなどの半導体だけの保証項目ではなく、電流ヒューズにも存在する項目です。
 冒頭で述べた充電電流は回路をループ状に流れますので各素子はこのI2t値に耐える必要があります。
 また回路異常時に回路を安全に停止させるにはヒューズのI2t値を一番小さくし、異常電流が流れた時に最初にヒューズがオープンするようにする必要があります。

I2t値の温度特性

図5:175℃品のI2t温度ディレーティング例[クリックで拡大]

 I2t値は25℃での保証値です。通電開始時の温度によってはディレーティングが必要になります。
 3式を見ると高温下では許容されるΔTJが減少するためI2t値は減少しますが分母の項のVFは高温で減少します。したがって発生する損失自体が減少しますのでΔTJの減少は緩和されますが、この緩和の様子はダイオードの設計指針(IF重視かtR重視、など)によっても変わります。

 I2t値の温度特性はこのような特性を加味して決まっているので設計にあたっては次の手順で合否を判断します。

  1. 保証曲線(図5)から通電時のジャンクション温度の許容I2t値を読み取る。
  2. 測定された波形からI2t値を算出する。
  3. 両者の値を判断する。

 図5はTj(MAX)=175℃のSBDについての特性曲線例です。設計にあたってはこのようなメーカーから提供されたI2tの温度特性を基に判断します。

注)Tj=175℃では許容損失、つまりI2tは“0”になるはずですが図5ではある程度の値が保証されています。理由はいろいろ考えられますが保証可能な背景の記載を見つけることはできませんでした。
 なお図5の縦軸ラベルはせん頭サージ順方向電流と読めますがI2t値です。電流値の場合には値が直線的に減少します。このような表示になっている理由の記載は見つかりませんでした。

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