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» 2009年07月01日 00時00分 公開

「品質工学」のススメ品質を定量評価し、設計に生かす(2/3 ページ)

[鈴木 真人 アマノ,産業技術大学院大学 客員研究員,EDN]

品質工学の哲学

図4 射撃訓練の結果 図4 射撃訓練の結果 どちらの狙撃兵が優秀だと言えるのだろうか。

 『戦争と人間 第三部 完結編』(日活、1973年)という邦画をご覧になった方はいるだろうか。主人公は志願して軍隊に入り、訓練の際に射撃の素質を教官に見出される。そして、狙撃兵に選抜され、さらに訓練を受けることになる。このとき、教官は主人公に対して、「狙撃兵は、弾着が的の中心でばらついているよりも、的の隅でもよいからまとまっているほうが優秀である」という言葉をかける。

図5 一般的なシステムの考え方 図5 一般的なシステムの考え方

 狙撃兵Aと狙撃兵Bが、同じ訓練場で同時刻に同じ条件で射撃訓練をしたとしよう。そのときの結果が図4である。狙撃兵Aの射撃の結果は、3発中2発がほぼ的の中心をとらえている。しかし、1発は的の中心から大きく外れた。狙撃兵Aは、もともと射撃の腕前は高いものと思われる。従って、的の中心を外した弾を撃ったときは、風が強く吹いたといった自然現象の影響、あるいは汗が流れたのが気になって精神状態がやや乱れたなど、何らかの作用が働いたのだろう。一方、狙撃兵Bは、3発とも的の中心から大きく外している。しかし、狙撃兵Aよりも、風を読む能力が高いのか、精神力が強いのか、弾着はまとまっている。外乱(風の影響)や、内乱(精神状態の乱れ)の影響を受けにくく、つまりは「再現性」が高いのである。

図6 品質工学におけるシステムの考え方 図6 品質工学におけるシステムの考え方

 射撃競技であれば、狙撃兵Aのほうが明らかに得点は高い。しかし、これが実戦であればどうだろうか。悪天候であっても、どのような肉体的/精神的状態であっても、的の中心を打ち抜くために2人がこれから取り組まなければならないこととは何か。狙撃兵Aは風を読む能力を高める、または精神力を鍛え上げる必要がある。それに対し、狙撃兵Bは小銃の照準器を調整するだけでよい。これを狙撃兵と小銃を要因とするシステムととらえた場合、どちらがコントロールしやすいものだと言えるだろうか。

図7 入出力の関係の評価結果(その1) 図7 入出力の関係の評価結果(その1) いずれの実験結果も、品質工学では、悪い入出力の関係にあると評価される。

 ここで、品質工学ではシステムをどのようにとらえるかということを説明しておこう。一般的に、システムは図5のように表されることが多い。しかし、品質工学では図6のように考える。

 通常、システムは、それを構成する複数の要素から成り立っている。品質工学では、図6のように、システムを構成するそれらの要素を「制御因子」と呼ぶ。制御因子は部品であったり、下位のシステム(サブシステムと呼ばれる)であったりする。言い換えると、制御因子とは、設計段階で設計者が複数の選択肢(品質工学では水準と呼ぶ)の中から1つを選択することが可能で、設計者がコントロールできる要因のことである。品質工学を活用する際には、システムは複数の制御因子で構成されていることを常に意識することを心掛ける。

図8 入出力の関係の評価結果(その2) 図8 入出力の関係の評価結果(その2) 品質工学において、良い入出力の関係にあると言える結果。目的とする傾きは得られていないが、2つの条件で傾きに差がない。また、ばらつきが小さく、線形性が確保されている。

 そして、非常に重要な思想が、システムは常にノイズにさらされているという意識を持たなければならないということだ。ノイズとしては、まず、システムの置かれた環境の温度や湿度、設置場所の傾きや振動、電源電圧の変動、使用者ごとに異なる使い方、システムが処理すべき対象の性質(プリンタであれば、上質紙、再生紙、裏紙、はがきといった紙の種類)の違いなどに代表される外乱が挙げられる。また、保存や使用によって発生する劣化、摩耗などに由来するシステム機能を阻害する要因、すなわち内乱もノイズである。さらに、製品の製造時点で存在する個体ごとのばらつき(個体差)もノイズとなる。これらは設計者にはコントロールできない要因である。ノイズは単独、あるいは複合してシステムに襲い掛かり、システムの機能の働きを妨害する。

 このようなノイズに、どのようにして対処すればよいのだろうか。品質工学では、まずノイズに対して鈍感になる制御因子の組み合わせを探索する。つまり、システムの「再現性」の確保を最優先で行う。そして、次の段階で、目標とする出力を得るための活動を行う。先ほどの狙撃兵の例では、狙撃兵Bの素質を持つ兵士(候補者)を見出すことを優先し、彼を見つけることができたならば、その兵士の特性に合致するように小銃の照準器の調整を行うのである。

 品質工学では、上述した第1段階の評価として、システムへの入力*5)の大きさを変化させ、出力の挙動、すなわち、入力と出力の関係(傾き:比例定数)を観察する。このとき、単純に入力を変化させるのではなく、少なくとも2つのノイズ条件の下で実験し、それぞれの場合についての傾きを評価する。ここで、図7における「ノイズ1を与えたときの実験結果」のように、入出力の関係が目標とする傾きと一致していたとしてもばらつきが大きくなるシステムの構成や、「ノイズ2を与えたときの実験結果」のように、入出力が比例関係にならない(線形性が悪い)システムの構成は選択しない。たとえ、目標の傾きを得られないとしても、図8のようにばらつきが小さく「線形性」が確保され、かつ、ノイズ1とノイズ2に対する結果で傾きに差がないような挙動を示す制御因子の組み合わせを見つけることが第1段階での目的である。そして、次の段階で、目標の入出力関係(目標の傾き)を得るための活動を行うのだ*6)

 品質工学では、あえてノイズを与え、システムの機能の働きを乱すような実験を行う。その結果から、「再現性」と「線形性」を獲得するための制御因子の水準を選択する。すなわち、品質工学は、「転写性」=「技術(力)」を評価し、それを獲得するための活動だと言える。


脚注

※5…品質工学では、システムに対する入力のことを「信号因子」と呼ぶ。

※6…このように2段階で開発/設計を進めていくので、「2段階設計」と呼ばれる。また、「パラメータ設計」と呼ばれることもある。


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