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混迷深まるHDビデオの無線伝送乱立する規格と技術の壁で(3/5 ページ)

» 2011年01月01日 00時00分 公開
[Brian Dipert,EDN]

ルーターを介さない伝送

 マルチメディアストリーミングにおける基本的な問題の1つは、古くからの、ルーターを中心としたスター型ネットワーク構成モデルにある。情報源からのオーディオ/ビデオストリームは、伝送先に届く前にまずルーターを通る。マルチメディアコンテンツを、グリッチのない状態で再生できるようにするためには、各パスに専用の帯域が必要である。この問題に対処するために、Wi-Fiアライアンスは現在、Wi-Fi Directのテストと認定を行っている。Wi-Fi Directは、IEEE 802.11sを採用するピアツーピア通信の仕様であり、実装に問題があった同802.11アドホックモードの後継仕様となっている。

 IEEE 802.11nは、前世代の同b/a/gと同様に、汎用ネットワークプロトコルとしての使用を想定したものである。ただし、マルチメディア向けや遅延が許されない用途向けに、かなりの機能拡張が施されている。それに対し、イスラエルAMIMON社は、IEEE 802.11nの一部の機能を除いて、マルチメディア向けに最適化したWHDI(Wireless Home Digital Interface)技術を開発した。WHDIでは、ルーターやスイッチを介することなく情報源から伝送先への通信が行える。また、WHDIは5GHz帯のみを利用し、2.4GHz帯を使用する技術よりも伝送距離が短くなる代わりに、干渉の小さいスペクトル環境を実現している。同社は、「WHDIにより、壁を越えて100フィート(約30m)の距離を、1ms未満の遅延で伝送可能だ」と主張している。720pまたは1080iのビデオストリームは、それぞれ18MHz幅の1つのチャンネルで伝送される。1080pのストリームは2チャンネルを使用する。

 AMIMON社は、WHDIのプロトコルの実装に関する詳細や、5GHz帯を使用するIEEE 802.11a/nとの違いについては明らかにしていない。同社のウェブサイトには、「WHDIでは伝送損失が発生しない」と書かれている。しかしこの主張には、「ビデオにおいては、各ビットの重要度がそれぞれ異なる。そのため、エラーの影響は、どのビットが破損したかに大きく依存する」との但し書きが付く。加えて、オンラインのテクニカルサマリーには、「8ビットまたは10ビットのストリームは、典型的な非圧縮ストリームである」とも記されている。エラーに関して、視覚的には、MSB(最上位ビット)のほうがLSB(最下位ビット)よりも重要である。MSBにエラーがあると、そのピクセル(画素)には元とは大きく異なる値が入ってしまう。一方、LSBにエラーがあっても、値は少ししか変わらない。AMIMON社のドキュメントによると、「WHDIでは、非圧縮のHD(高品位)ビデオストリームを、視覚的な重要度に応じた要素に分割し、より重要な要素に多くのチャンネルリソースを割り当てられるようにしている」という。重要度の低い要素については、割り当てられるチャンネルリソースが少ないので、伝送における堅牢性も低くなる*8)

 WHDIは、情報源から伝送先へ伝送した後については、視覚的な影響の少ない下位ビットの精度は落ちてもやむを得ないととらえているのだろうか。それとも、必要に応じて情報源側で下位ビットを捨ててしまっているのだろうか。いずれにせよ、WHDIには伝送損失がないとするAMIMON社の主張は正しいと言えるのかどうか疑問がある。実情に詳しい業界関係者(以下、A氏)は、「AMIMON社が論証可能な技術を保有しているのは明らかだが、その手法の説明を読むと、多くの疑問がわいてくる。同社は、1080pまでの非圧縮のHDビデオをサポートすると主張している。フレーム当たり1920×1080=207万3600ピクセルで、60フレーム/秒ということは、207万3600×60フレーム/秒=1億2441万6000ピクセル/秒。ピクセル当たり24ビットの色であるとすると、データレートは2986Mbps、つまりは2.986Gbpsとなる」と述べている。

 またA氏は、「AMIMON社は、WHDIは情報源統合符号化(Joint Source Coding)を使用するため、このようなデータレートをサポートできると主張している」と述べる。ここで言う情報源統合符号化とは、MSBに高いFEC(前方誤り訂正)保護を適用し、LSBには低いFECを適用するという形で、不均一な誤り保護を行う手法である。これは、JPEG 2000が最初に採用した技術でもある。「FECを利用する場合、どのように適用しても必要な帯域幅が増加する。データレートは高くなるだけで、低くなることはない。AMIMON社は、40MHz幅を占有すると主張している。この主張に基づいて簡単な計算を行うと、WHDIで伝送損失をなくすためには、FECの適用前でも75ビット/Hz以上の密度でデータを送信する必要がある。このビット密度を達成するには、常識の範囲を超えるQAM(直交振幅変調)とダイナミックレンジが必要になる。物理学、特に通信と情報理論では説明できない何かが存在していることになる」(A氏)という。

 A氏によると、「2008年のCESでAMIMON社のエンジニアが、『WHDIは圧縮ではなく、送信前にLSBの色情報の一部を削除し、無線接続の受信機側でそれを再現する処理を行う』と述べていた」という。A氏は最近、次のような実験を行った。まず、Blu-rayプレーヤのHDMI出力を2ポートのHDMIスプリッタに接続した。1つ目のHDMIスプリッタポートの出力は、直接フラットパネルディスプレイ(FPD)に接続した。2つ目の出力は、AMIMON社製の送信機と受信機を介して、もう1台のFPDに接続した。すなわち、2つ目の出力には、WHDIによって伝送されたビデオデータが現れることになる。2台のFPDを並べて、その画質を比べてみると、「WHDIをベースとするシステムのビデオ画質は、見られないレベルではなかったものの、色あせたようなにじみが生じていた」(A氏)という。「WHDIは、ピクセルのLSBの一部を捨てるとともに、おそらくは一部のピクセルを、フレームごとに異なる、モノクロが混在したカラーピクセルとして送信することにより、色空間変換に手を加えているようだ」と同氏は述べている。ただし、このテストで使用した2台のディスプレイの校正の程度は明らかにされていないことには注意されたい。つまり、両者の視覚的な違いは、単にWHDI送信機/受信機によるピクセルビットの破棄によるものであるとは限らないということだ。

写真3 WHDI、WirelessHDを採用した機器 写真3 WHDI、WirelessHDを採用した機器 ソニーの「DMX-WL1T Bravia Internet Link」は、AMIMON社のWHDIを採用した代表的な初期製品の1つである(a)。しかし、その最大1080iという解像度と最大5mという伝送距離は、当時使用したチップがまだ成熟したものではなかったために、WHDIが目指す仕様には届いていない。SiBEAM社も、WirelessHDを採用する送信機/受信機から成るアダプタセットを、Best Buyブランドの「RF-WHD100 Rocketfish」として提供している(b)。

 宣伝文句の内容と実際の能力の間に差があるらしいことはさておき、AMIMON社の技術の市場における成功には目を見張るものがある(写真3(a))。例えば、2010年のCESで同社は、韓国LG Electronics社などの顧客がWHDIを採用したと発表している。同年5月には、チップセット販売および注文数が50万件を超えたと発表した。またAMIMON社は同年6月、「WHDI Version 2.0」の暫定的な詳細を明らかにし、2011年に仕様を発表することを表明した。それによると、このバージョンには、3Dビデオ伝送や4000×2000ピクセルのUltra HDフォーマットのサポートなどのほか、Wi-Fiとの連携、モバイル機器に対応できるレベルへの消費電力/実装面積の低減といった内容が盛り込まれる予定だという*9)


脚注

※8…"WHDI Technology Overview," Amimon, http://www.amimon.com/technology.shtml

※9…『3D普及への道』(Brian Dipert、EDN Japan 2010年8月号、p.20)


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