無線システムの構成は、A×B:Cで表すことができる。ここで、Aはシステムで使用可能な送信アンテナまたはRFチェーンの最大数、Bは使用可能な受信アンテナまたはRFチェーンの最大数である。また、Cは、システムが使用可能な空間データストリームの最大数となる。例えば、2本のアンテナへの送信と3本のアンテナでの受信が可能で、2本のデータストリームを送受信できる場合、2×3:2となる。IEEE 802.11nのドラフト版では、最大4×4:4の構成を可能としている。IEEE 802.11nに対応した機器の一般的な構成は、2×2:2、2×3:2、および3×3:2である。これら3つの構成は、最大スループットは同一で、アンテナシステム構成のバリエーションだけが異なる。なお、3×3:3という4つ目の構成も一般的なものになりつつあるとされる。この構成の場合、データストリームが追加されているので、スループットが高まることになる。
現在、市場に提供されているIEEE 802.11n対応機器の多くは、ミッドレンジからハイエンド向けの2ストリーム、またはエントリレベルおよびポータブル用途向けの1ストリームにしか対応していない。ただし、シリコンチップセットを搭載する3ストリームの機器も、米Atheros Communications社、米Intel社、米Marvell Technology Group社などの企業から提供され始めている。米Apple社は、同社の無線ルーター「Airport Extreme」と、無線ルーター内蔵型NAS「Time Capsule」の最新版に、それぞれ3ストリームの機能を搭載した(写真1(a))*4)。また、2010年1月に米ラスベガスで開催された『CES(Consumer Electronics Show)』でIntel社が発表した「WiDi(Wireless Display)」においても、3ストリームのサポートが中心になると報じられている(写真2)。なお、WiDiとは、パソコンのデジタルコンテンツを、HDMI対応のディスプレイに無線で伝送するというものである。表1に、発表時点でWiDiがサポートしていたプロセッサやコアロジックチップセット、ソフトウエアなどを示す。
ワイヤレスチェーンのもう一端を担うのが、米NETGEAR社のアダプタ「PTV1000 Push2TV」のような受信機だ。この種の機器は、ディスプレイに接続するためにHDMIやコンポーネントビデオ出力を備える。PTV1000 Push2TVはWiDiに対応しており、米Sigma Designs社製のメディアプロセッサと、台湾Ralink社製で1ストリーム対応のIEEE 802.11nトランシーバを搭載している。WiDiが使用するオーディオ/ビデオコーデックについては明らかにされていないが、CESで披露されたデモンストレーションでは、フレームレートが十分に高いことが示され、画像の乱れはほとんど確認できなかった*5)。
WiDiでは、送信機から受信機へデータを送信する際、約2秒の遅延が発生する。ただし、共通のワイヤレスエンドポイントから送信されるオーディオ/ビデオでは、こうした遅延は発生しない。現行世代のWiDiは、720pの画像解像度をサポートしており、伝送前にすべてのコンテンツの解像度を動的に720pに引き上げる。将来的には、1080pに対応する予定である。また、Intel社は、デジタルコンテンツの著作権保護技術であるHDCP(High-bandwidth Digital Content Protection)のサポートも計画している。これによって、DVDとBlu-rayコンテンツの再生が可能になる*6)。
CESでは、NETGEAR社が、IEEE 802.11n 4×4 MIMO(Multiple Input Multiple Output)に対応したワイヤレスブリッジのプロトタイプ「WNHD3004」を披露していた(写真1(b))。同製品は米Quantenna社のトランシーバ技術をベースとしている(写真1(c))。また、WNHD3004のほかに、アダプタが2台のバージョン「WNHDB3004」も提供されている。
これまでIEEEおよびWi-Fiアライアンスは、1ストリーム/2ストリームのチップセットと、それを採用するシステムのみを、規格認定/相互運用性確認の対象にしてきた。現在では、その対象を3ストリーム/4ストリームの製品にまで拡大している。例えば、Quantenna社は2010年6月、4ストリームまでに対応したIEEE 802.11n無線アクセスポイントチップセット「QHS600」が、Wi-Fiアライアンスの認定を受けたと発表している。QHS600は、基本的な認定に加えて、WMM(Wi-Fiマルチメディア)とWPA2(Wi-Fi Protected Access 2)の認定も受けている。
IEEE 802.11acの策定を進める委員会は、2ストリーム以上のサポートを主要な機能であると見なしている。同委員会は、PHY(物理層)における最大通信速度を1ギガビット/秒(Gbps)以上とすることを目標としているが、現在利用可能なIEEE 802.11nのストリームは、オプションである40MHzのワイドチャンネルモードにおいても、理論的にはせいぜい最大150メガビット/秒(Mbps)の帯域幅しかサポートしない*7)。そのため、たとえ4ストリーム構成であっても、通信速度1Gbpsという目標を達成することはできないのである。
そこで、委員会では、ストリーム当たりのチャンネル幅を80MHzまたは160MHzに増大することも検討中である。従って、IEEE 802.11acの最大の焦点は、5GHz帯にあると言えるだろう。また同委員会は、1チャンネルで複数の伝送先へ同時にストリームを送信可能な、マルチユーザーのMIMOアンテナやアルゴリズムも検討している。なお、IEEE 802.11acの批准は、2011年12月に行う予定となっている。
※4…"IEEE 802n-2009, Number of antennas," Wikipedia, http://en.wikipedia.org/wiki/IEEE_802.11n-2009#Number_of_antennas
※5…Shimpi, Anand Lai, "The Best Thing at CES? Intel’s Wireless HD Technology," Jan 7, 2010
※6…『Bru-rayの蹉跌』(Brian Dipert、EDN Japan 2010年11月号、p.30)
※7…Fleishman, Glenn, "The future of Wi-Fi: gigabit speeds and beyond," Ars Technica, December 2009
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