ここまでで、エンコーダの働きがおおよそ見えてきたと思います。これからエンコーダがどのようなアプリケーションに使われているかに話題を移しましょう。
前述の通り、エンコーダは何のために使うのか?という質問に対する最も簡単な答えは、「回転/移動するさまざまな物体の移動方向や移動量、角度を検出するため」となります。従って、エンコーダが一般的に使われているアプリケーションとしては「モーターで動かしている何らかの機器」を挙げることができます。
これではあまりにも範囲が広すぎるので絞り込むと、「いいかげんに動いてほしくなく、精度良く動いてほしい機器」と言い換えることができます。例えば、扇風機や換気扇は、ある程度ムラのある回転でも使用上は基本的に問題ありませんので、エンコーダは使われていません。これに対して、工業用ロボットや無人搬送機、工作機械、各種工業用製造装置など、高い精度で動作させる必要のある装置にはエンコーダが広く使われています。
この他にも、冒頭で紹介したエレベータのように身の回りにも「精度良く……」という要望に当てはまる製品は多いですし、ここ数年で普及してきたハイブリッド自動車や電気自動車にもエンコーダが使われています。
ここまでいろいろと説明してきた中で、エンコーダのアプリケーションに、「電気」という共通事項があることに気付きましたでしょうか? 回転/水平移動には、電気で駆動する動力源であるモーター以外にも、油圧や空気圧による駆動方式が使われることがあります。しかし、これらの油圧や空気圧の装置では、エンコーダの採用例はほとんどありません。
なぜでしょうか? まず、モーターの場合は電源スイッチをオン/オフすることで、すぐに回転させたり回転を止めたりできます。モーターに流す電圧や周波数を制御すれば、回転数も容易に変えられます。これらの動作は高い応答性がありますので、エンコーダを使うことで、精度良く迅速にモーターを制御できるのです。
これに対して油圧が動力源の場合は、油圧を上昇させてから対象物(例えば、プロペラ)が動くまでに時間がかかるため、モーターと同じように、エンコーダを使って制御するのは難しいのです。プロペラを動かし始めるときだけではなく、回転数を変える場合も、プロペラはすぐには反応せずゆっくりと変化します。これは、プロペラを動かす油圧の動きが、油の粘性や配管などの抵抗に制限されているからです。油圧の変化とプロペラの回転数のタイムラグは、回転数を測定するエンコーダを使った制御を難しくさせます。これは空気圧を採用した装置でも同様です。
実際にエンコーダが使われている用途を、「昔から使われてきた採用事例」と「最近の採用事例」に分けて、幾つか挙げました。
(1)ステッピングモーターと組み合わせて「脱調検出」
ステッピングモーターはパルス状の電流をコイルに流し、そのパルスに連動した動作角度だけ回転するモーターです。従って、フィードバック制御しなくても、基本的にはモーターの回転方向、回転角度はコントローラ側で認識できます。しかし、何らかの障害が発生し、パルス電流通りに動作していない状態(これを「脱調」と呼びます)になると、コントローラ側と実動作の間に誤差が生じてしまいます。高価格品や高精度を必要としているアプリケーションでは誤差が問題になるため、誤差を検出してコントローラ側で補正するために、エンコーダを搭載しています。
(2)工作機械のX-Y駆動テーブルの位置検出
加工物が載った台(=テーブル)のX軸-Y軸(水平方向)の移動制御にエンコーダが使われています。例えば、NCフライス盤や放電加工機などでは、数μm〜数10μm単位での仕上げ精度を要求されます。これを実現するためには、要求されている仕上げ精度の10倍(10μmの要求仕上げ精度であれば1μm)のエンコーダ分解能が必要です。エンコーダが使われる環境は、切削加工であれば切削熱、切削粉、切削油、振動などが、放電加工であれば放電による電波/電導ノイズの影響があります。このような厳しい使用環境であっても、加工精度を向上させることを目的に、エンコーダ分解能への要求は上がることはあっても、下がることはありません。
(3)インクジェットプリンタの印刷制御
インクジェットプリンタのインクヘッドの動作制御に、エンコーダが使われています。「シアン」、「マゼンタ」、「ブラック」などをどのようなタイミングで印刷するかという制御信号をエンコーダが生成します。また、水平方向の印刷が終わったら紙を移動させて次のエリアを印刷しますが、その時に紙を移動させる回転ドラムの制御にもエンコーダが使われています。
(1)ステッピングモーターの低消費電力化
これまでのステッピングモーターの一般的な通常動作は、流せる最大電流で動作させているのが通常でした。前述の「脱調」を防ぐためです。また、停止時も勝手にモーター回転しないように、励磁電流を流していました。結果的に、動作/非動作に関わらず電流を流しているので、低消費電力化は難しかったのです。
そこでエンコーダを取り付けて、動作時の脱調監視だけでなくモーター負荷をエンコーダからのフィードバック信号によって監視し、必要に応じただけの電流を供給することが可能になりました。停止時も同様にエンコーダからの信号を監視し、全体の消費電流を削減することに成功しています。
(2)産業用超小型アクチュエータへの搭載
表面実装可能な反射型エンコーダICの登場により、今まで採用が難しかった薄型・超小型のアクチュエータへの採用が増えています。今までのエンコーダではシャフト、ケース、軸受けといった機構部品や個別部品を実装した回路基板が必要でした。これに対して、LEDや受光素子、周辺回路を1つにパッケージ化した反射型エンコーダICを用いれば、可動部に専用の反射スリット板を配置するだけで、エンコーダとして使用できます。適用例としては、名刺ケース状のリニアアクチュエータや、ロボットの指先に使えるようなシャフトアクチュエータなどがあります。
(3)工業用バルブ回転部の制御
各種配管にはさまざまなバルブが使用されています。モーターによってバルブを回転制御している製品もありますが、耐環境性の問題で、光学式のエンコーダ採用は進んでいませんでした。しかし、光学式よりも、耐環境性に優れる磁気式エンコーダが小型化するとともに、取り付け容易になったことで、工業用バルブに適用されるようになっています。
これまで説明してきたようにエンコーダは、モーターとセットになって初めて有効に活用できます。現在活躍している油圧機器や空気圧機器は消滅することはありませんが、分野によっては徐々に動力源がモーターに移っていくと考えられています。既にその流れは始まっており、強力な駆動力を発生することが得意な油圧や空気圧の分野にも、技術の進化に伴ってモーターの採用が進んでいます。モーターの制御に不可欠なエンコーダも今後ますます活躍範囲が広がるでしょう。本連載記事をきっかけに、より多くの読者の方にエンコーダの魅力を知っていただき、エンコーダを活用してほしいと考えています。
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