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ESD電流の経路Signal Integrity

» 2009年12月01日 17時35分 公開
[Howard Johnson ,EDN]

 Alex Ching氏は、カナダのBJ Pipeline Inspection Services社で大規模かつ複雑なデジタルシステムの設計を担当している技術者である。同氏は、アナログ回路、デジタル回路および電池回路を筐体に収納したある装置を設計した。筐体グラウンドは、配線(線材)、100kΩの抵抗およびTVSD(Transient Voltage Suppression Diode:過渡電圧抑制ダイオード)を経由して装置内の各所に接続されている。この装置において、ESD(静電気放電)の問題が発生した。具体的には、LVDS(小振幅差動信号)方式のデータ線にエラーが発生したのである。同氏は、この問題を解決するために、ESD保護素子を装置内の各所に挿入した。しかし、いずれも徒労に終わってしまった。

 Ching氏は、この問題について次のように推定していた。すなわち、ESDが保護素子に加わると、保護素子に過渡的に流れるESD電流がデジタル回路のグラウンドに流れ込み、その電流が電池回路のグラウンド網に流れ、さらにそこから100kΩの高耐圧抵抗とTVSDとの並列接続回路を経由して、筐体グラウンドに流れると考えたのである。同氏は、筆者に上記の状況を説明した後、次のように問いかけてきた。「ESD保護素子が筐体から離れた個所にあることから、ESD電流は、筺体に届くまでにデジタル回路のグラウンド面内を延々と流れ、さらに電池回路のグラウンドを経由することになる。ESD電流の経路が長いことが、LVDS回路にノイズが発生してしまう原因なのだろうか?」。

 Ching氏が直面したのはよくある問題だ。装置に何らかのノイズの問題が起きると、その都度、グラウンドの接続構造の手直しが行われる。そしてこのような手直しが何度も繰り返され、遂には、グラウンドの接続構造があまりにも複雑化して訳がわからなくなってしまうのである。

 上記の要点説明だけでは問題を解決することはできないが、本質的にはChing氏が設計したグラウンドの接続構造ついて議論することにあまり意味はない。そうではなく、ESDの過渡的現象が持つ一般的な性質に注目することが重要である。

 ESDは非常に高速に起きる現象だ。装置内にESD電流が発生すると、その電流は瞬時に最も流れやすい経路を選択して流れる。例えば、2本の配線が接続されている個所にESD電流が到達すると、各配線の先に何が接続されているのかには関係なく、各配線に分岐してESD電流は流れる。もしかすると、一方の配線は良好なグラウンドにつながっており、他方はオープンになっているかもしれない。しかし、電流は配線の最終地点に到達してみなければ、どちらが良好なグラウンドに至るパスであるのかは判断できない。過渡電流はまず分岐し、次いで何度も反射を繰り返し、かなりの時間が経過した後に、もともと設計者が意図していた最良のパスを見つけ出すことになるのだ。

 ESD電流はこのように振る舞うので、Ching氏が設計した装置に入ったESD電流は、グラウンドに接続する配線や100kΩの抵抗、あるいはTVSDが介在したとしても、それらには関係なく、広く、かつ遠くまで伝播する。ESD電流は、基板間を接続する要素が基板に搭載された部品の間の寄生容量だけであったとしても、基板から基板へと簡単に飛び移るのである。あるいは、あるパスを流れている電流が、それとは無関係のパス上に相互インダクタンスを介して破壊的な電圧を誘起するといったことも容易に起こり得る。

 ESD電流を制御するには、あらゆる地点からのESD電流が1つの明確な経路を通ってグラウンドに至るように設計しなければならない。例えば、シールドケーブルの外導体をメタルシェルコネクタの全周にコンタクトさせ、コネクタと金属筺体の間を覆うことにより、ESD電流をケーブルのシールドから金属筺体へと効果的に逃がすことができる。ESD電流の流れる経路がほかには存在しないからだ。

 TVSDは、その端子間に生じる電圧を制限する上では効果を発揮するが、過渡電流の侵入を防ぐことはできない。過渡電流はひとたびTSVDを通過すると、次には必ずグラウンドに還流する。一般的に言えば、TVSDがプリント基板のどの位置に実装されていたとしても、その基板上をESD電流が流れることに変わりはない。このことだけが、ESDの対策に失敗する原因になることもある。最良の設計は、ESD電流が装置内のESDに対する感受性の高い領域に侵入する前に大地(アース)に逃がすようにすることである。

 Ching氏がなすべきことは、適切な診断を行うことだ。EMI(電磁干渉)への対策に習熟した技術者であれば、装置内でのESD電流の経路を正確に把握し、効果的な保護/対策が行えるはずである。規模が大きく高速な過渡現象に起因する電流の流れについて診断する上では、Douglas Smith氏のウェブサイト(http://www.emcesd.com/)で紹介されている手法が役に立つだろう。

<筆者紹介>

Howard Johnson

Howard Johnson氏はSignal Consultingの学術博士。Oxford大学などで、デジタルエンジニアを対象にしたテクニカルワークショップを頻繁に開催している。ご意見は次のアドレスまで。www.sigcon.comまたはhowie03@sigcon.com。


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