ステップアップコンバーターの1回目の動作説明で説明したように、チョークLに流れる電流ILは
まで変化します。
ここでIoは出力DC電流、δはFET(S1)の通電時比率、ΔIはチョークL1の電流リップルです。この様子からチョークに必要な制約条件を考えます。
ステップダウンコンバーターの章で説明したように、このΔIの振幅はインダクタンスの定義式(L×I=φ)からも分かるようにコアの損失パラメーターΔB(∝Δφ)に直結します。従ってチョークのコア損失を考慮すると電気的仕様が全て満足できてもΔIの大きさは制限を受けます。またこのΔIは後述するように臨界負荷電流Io(MIN)も参考にして値を決めることになります。
[飽和電流値I(sat)]
使用するチョークにはフェライトに代表されるようなギャップ付きコアを用いたものとダストコアに代表されるメタルコンポジット材料を用いたノーギャップのチョークがあります。
フェライトなどのギャップ付きコアのL-I特性*は明確な飽和特性を示すのでI(sat)の定義は明確であり、最大負荷時のチョーク電流ILのピーク値(Io/(1−δ)+ΔI/2)の20%増し以上のI(sat)にしてください。
一方、コンポジット材には明確な飽和現象がありませんので無重畳時のL値の70%になる重畳電流の値を仮のI(sat)とします(図6)。メーカー定義の値がある場合はより小さい方の値をI(sat)とします。また最大負荷時のチョーク電流ILのピーク値は0A時のL値の80%に低下する重畳電流値やコイルの温度上昇などを参考に設定します。
なおI(sat)は材料、形状のバラツキ、温度特性などの影響を受けますのでこれらの変動を考慮した値とします(図7)。
(過電流保護)
通常、ステップダウン型DC/DCコンバーターではFETなどのスイッチング素子を遮断して過電流保護を行いますが今回取り上げているステップアップ型DC/DCコンバーターではスイッチ(M1)を遮断しても短絡電流を遮断することはできません。従って通常、ステップアップ型DC/DCコンバーターではヒューズなどを用いてラッチ型の過電流保護を行います。またヒューズに代わって個別の半導体スイッチを用いることもあります。
この保護回路を動作させるには検知レベルを一定時間、連続で超える電流が必要ですからチョークには大きな短絡電流が一定時間流れます。この電流は短時間ですが通常動作時の飽和電流I(sat)を超えます。
両タイプのチョークとも磁気飽和でチョーク自身が故障することはないのですが電流ループ内のダイオードなどのI2tーT特性は保証値以内であることを確認してください。この面では完全磁気飽和しにくいメタルコンポジット材が有利になります。なおI2tーT特性などの判定で測定値のバラつきを考慮する場合は観測された電流の20%増しの値を考えれば良いでしょう。
*L-I特性:チョークにDC電流Iを流し、重畳した微少AC信号によるL値をプロットしたもの
[最小インダクタンス値LMIN]
チョーク電流の下限値は
であり、最小インダクタンス値LMINはこの電流値を左右します。
前述のチョークのリップル電流ΔIは
です。
ですからこれらを代入して式を解きます。
あるいは
6式から必要な最小インダクタンス値LMINはIoに反比例し、Vcc=2/3×Vout*の時に最大値になることが分かります。LMINの計算例としてVout=15V、f=100kHz、IoMIN=0.1Aの条件では、
Vcc=7.5V LMIN=93.7μH、
Vcc=2/3×Vout=10.0V LMIN=111.1μH、
Vcc=12.5V LMIN=86.8μH
となり、Vcc=2/3×Voutの時の値がLMINの要求値になります。
*6式をVccで微分して傾きが0になるVccを求めます
今回はFET(M1)のVDS間の電圧ストレスを軽減するCRスナバー回路と前回積み残したチョークL1の要求特性や材料について説明しました。
次回はチョークの設計について説明するとともにリップル電圧の図式解法、キャパシターの要求特性について説明します。
加藤 博二(かとう ひろじ)
1951年生まれ。1972年に松下電器産業(現パナソニック)に入社し、電子部品の市場品質担当を経た後、電源装置の開発・設計業務を担当。1979年からSPICEを独力で習得し、後日その経験を生かして、SPICE、有限要素法、熱流体解析ツールなどの数値解析ツールを活用した電源装置の設計手法の開発・導入に従事した。現在は、CAEコンサルタントSifoenのプロジェクト代表として、NPO法人「CAE懇話会」の解析塾のSPICEコースを担当するとともに、Webサイト「Sifoen」において、在職中の経験を基に、電子部品の構造とその使用方法、SPICE用モデルのモデリング手法、電源装置の設計手法、熱設計入門、有限要素法のキーポイントなどを、“分かって設計する”シリーズとして公開している。
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