こういうコンセプトのMSI(Middle Scale Integration:LSIとTTL ICの中間規模のもの)はありそうでなかったため、多くのメーカーがこれを利用して自社のミニコンを構築した。同種のものでは本連載の1回目「ホビー用途ではまだ現役!? 懐かしのDECご長寿コンピュータ「PDP-11」」に紹介したWDの「MCP-1600」があるが、こちらはマイクロコードの書き換えが自由にできて、自分のカスタム命令こそつくれるものの、データバスは8/16/18bitのみで、構成の自由度も低かった。Bit Slicingそのものを実装したプロセッサは多かったが、それを任意の数組み合わせて好きなバス幅のCPUを作れる(というか当初からそういう設計にしている)となると事実上Am2900一択となり、それもあって広く利用されることになった。有名なところでは
といった辺りが並ぶが、他にも組み込み向けとか業務用機器などにも広く利用された。それもあってAm2900シリーズはMotorola/Thomson-CSF(現在のSTMicroelectronicsのご先祖様)/Raytheon/National Semiconductor/Fairchild Semiconductor/Signetics/NEC/OKI/Cypress/Vitesseといった多くの半導体メーカーにSecond Sourceとしてライセンス供与されたほか、ソ連時代にSM-1240というPDP-11の非合法クローンがソ連邦で製造されたが、これに使われていたВЗПП-C(英語読みだとVZPP-C)というメーカーのチップも当然Am2900シリーズの非合法クローンだった。
このAm2900シリーズ、1975年の発売以来割と良く売れたという評判ではあったが、1980年代に入ると急速に売り上げが落ちていった。理由の一つは製造がBipolarであったことで、動作周波数はそれほど高くできず、その割に消費電力が多かった。加えて、1980年代後半に入るとNMOS/CMOS化に加えてプロセスの微細化が進んだことで、より大規模な回路を一つのチップ内に収めることが可能になり、1990年代に入るとボード1枚を要していたCPUが1チップに収まるようになる。こうなってくると、Bit Slicingにより任意のアーキテクチャを実装できるというAm2900のメリットは、逆に特定のアーキテクチャを実装するために、大きなCPUボードが必要になるというデメリットとして働くようになってしまったのはまぁ致し方ないところである。
AMD自身は1998年までAm2900シリーズの出荷を続けていたが、これは一部の組み込み向けなどで要望があったからという話で、マーケットそのものは80年代後半にはほぼ消えて無くなっていた。とはいえ70年代のCPUを語る際には欠かせない立役者の一人がAm2900だったことは間違いない。
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