この測定結果は信じられなかったので測定位置を数回確認したが、やはり電解コンデンサーのプラス端子にマイナス電圧がかかっていた。測定部のハンダ面と部品面の拡大写真を図3に示す(右の部品面はパターンと部品の接続が分かるように写真を左右反転させ文字も反転している)
図3の右図にC10のマイナス端子の極性が黒色のシルクで表示されていた。C10の上にあるR10の下のハンダ面に黒い変色の跡があった。R10の下側にある電解コンデンサーC10から漏れた電解液の跡と思われた。C10を外しテスター(Tester-TC1)で容量を測定した。図4に示す。
図4左は劣化した電解コンデンサーC10の測定結果で容量は27nFだった。C10の容量は10μFなのだが測定結果は27nFで、容量はなくなっていた。電解コンデンサーにマイナス電圧が印加されたので発熱して液漏れし容量がなくなったのだろう。なお図4右は修理代替に使ったセラミックコンデンサーの測定結果で容量は9μFだった。なぜ電解コンデンサーにマイナス電圧がかかっているのかを確認するためメモ回路図を書いた。図5に示す。
図5の回路図は電源の出力電圧を設定する回路だ。出力電圧をシャントレギュレーターで監視し、その結果をフォトカプラで一次側へフィードバックしていた。電解コンデンサーC10はシャントレギュレーターのカソードKとゲートGに接続されていた。C10の目的は、出力電圧の変動のフィードバックを遅延させシャントレギュレーターの発振も防止して、出力電圧を安定させることと思われた。
カソードKに電解コンデンサーC10のマイナス端子、ゲートGにプラス端子が接続されていた。テスターで測定した電圧はカソードKには6.3V、ゲートGには2.5Vがかかっており電解コンデンサーC10には−3.9Vがかかった。一般的な電解コンデンサーの絶対最大定格の逆電圧は−1V以下だ。これを大幅に超えていた。マイナス電圧の印加で漏れ電流が発生し電解コンデンサーが発熱して液漏れした。このため容量がなくなったと考えられた。
この温調器は1990年代の初めに発売され、今も多くの温調機器で使用されている。なぜ、このような低いレベルの設計ミスがある温調器が30年間も放置されているのか、はなはだ疑問だ。過去に修理した同じ温調器の部品面の写真をいくつか再確認したがやはり同じ部品配置で電解コンデンサーにマイナス電圧がかかる回路だった。
温調器の設計者はシャントレギュレーターをトランジスタやサイリスタのようにスイッチングしてカソードの電圧が0Vまで下がると考えてカソードにマイナス端子をつないだのかもしれない。しかし、シャントレギュレーターは2.495Vの高精度のリファレンス電圧を内蔵する3端子のオペアンプだ。この回路例のカソード電圧はゲート電圧より下がることはない。
製造部門では量産開始前に基板を検証すればこの設計ミスは必ず見つかるが、温調器の性能のみを確認して基板上での部品に印加される電圧の検証がされなかったのだろう。
品質部門では出荷後に不具合を把握したはずだが大きな被害は出ないので『知らんぷり』を決め込んだのだと思われた。優秀な設計者でも小さなミスは起こす。このミスを現場の製造や検査のメンバーと一緒にカバーして、100%の品質の製品が完成する。特に量産製品では初期と品質検査が重要でロットが変わったときの定期的な検査が必須だ。
この回路は電解コンデンサーC10がなければ温調器の性能には影響は少ないと思われる。しかし、漏れた電解液が回路を短絡したり、電解コンデンサーの容量が低下したりして半端な値になると、シャントレギュレーターが発振し出力電圧が変動すると温調器が自体が動作不良になる可能性がある。修理を依頼した顧客は過去にこの温調器の動作不良を経験したため、電解コンデンサーを全て交換するように指示したと思われた。
温調器メーカーのホームページの問い合わせ欄からこの温調器の設計ミスの情報を入れたら、さらりと以下の回答があった。
『貴重なご指摘をいただきありがとうございます。今後もお客さまにご採用いただけるような製品を提供できるように進めてまいります』
今となっては事を荒立てないことがメーカーとして一番の得策だろう。
筆者は40年前に量産製品の設計を経験し量産設計の厳しさと重要性を実感していたので、量産された温調器でこんな低レベルの設計ミスが隠れていることは信じられなかった。
読者はシャントレギュレーター周りのコンデンサーの取り付けには十分にご注意、願いたい。
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