メディア

ジャンクション温度の計算(1)―― 温度計算の原理中堅技術者に贈る電子部品“徹底”活用講座(75)(2/2 ページ)

» 2023年02月27日 11時22分 公開
前のページへ 1|2       

重ね合わせの理

 図2に一般的な損失波形を示します。どのような損失波形であっても細かく見れば図2に示すように矩形波の集合体と見なすことができます。
 ただし、その考え方にはいくつかあり、例えば図2(a)のように時間ごとの温度上昇を積算していては温度変化を正しく計算することができません。

 また時刻ごとの平均電力の考え方、例えば図2(a)のt2では(P1+P2)/2の損失が時間t2の間続き、同じくt3では(P1+P2+P3)/3の損失(P3=0)が時間t3の間続くと考える方式では各部の損失変動が平均化されてしまい過渡的な影響を正しく計算できません。
 ここで取り上げる「重ね合わせの理」とは図2(b)に示すように損失の変動が生じた差分に着目し計算していく考え方です。具体的には、
①時刻t1ではP1×Rth(t1)を考え、
②時刻t2ではP1×Rth(t2)に加えて(P2-P1)×Rth(t2−t1)を考えます。P1の計算時間がt2
 まで伸びていることに注意してください。
 同様に
③t2以降の損失を0にするために時刻t2で−P2の損失が発生したと考えます。その結果、
 時刻t3ではP1×Rth(t3)と、(P2−P1)×Rth(t3−t1)に加えて(−P2)×Rth(t3−t2)を考
 えます。

 この考え方を順次延長し、各刻み時間における損失変化が最終時刻tiに及ぼす温度変化ΔTiの総和が求める最終的な温度変化となります。

 このように損失変動をそれぞれ独立と考え、この損失の変動が後の時刻の温度に与える影響を計算する手法、考え方を
 「重ね合わせの理」
と言います。

図2:一般的な損失波形と重ね合わせの理 図2:一般的な損失波形と重ね合わせの理[クリックで拡大]
P1、P2、…損失  t1、t2、t3…時刻  Rth( ) …熱抵抗  ΔT1、ΔT2、ΔT3…温度変化
時間は時刻tiの間隔

矩形波損失の温度上昇

 基本となる矩形波損失の過渡温度上昇は損失が一定なので過渡熱抵抗Rth(t)が温度変化(上昇)を左右します。
 その過渡熱抵抗は半無限固体の一部が加熱された場合の非定常熱伝導方程式、一般には45°モデルの熱拡散方程式から導かれる1式で求めることができます。これは過渡的な温度変化がチップのチャネル部分のみで発生し、他部材へ伝わっていないと仮定していることと同じです。
 この考え方はMOSFETではよく実測と一致しますがバイポーラトランジスタでは損失がPN接合部に発生するので単一材料ではなく厳密には1式は成立せず、もう少し複雑な温度変化をします
 MOSFETにおいても近年のデータでは極微の時間領域では1式が成立しないとも言われていますが測定精度に起因するものか判然としません。ただしJEDECでは0〜不安定期間は無視して√tで推定することが記載されていますので本稿では45°モデル、つまり1式が成立するとして説明していきます。

       Rth(t)=R0×√(t)         ……1式

 本稿ではR0を基本熱抵抗指数と呼びますが、この1式が成立する例を図3に示します。
 実線はMOSFETの単パルス過渡熱抵抗曲線、赤の破線は√(t)の曲線ですが時間が2桁変わって熱抵抗が1桁変化する関係が1ms以下の範囲で成立します。本稿での温度計算はこの1式を前提にし、さらに前述した「重ね合わせの理」を適用していきます。

図3:過渡熱抵抗曲線例 図3:過渡熱抵抗曲線例[クリックで拡大]

*バイポーラトランジスタの過渡熱抵抗測定では構造的な影響を受け過渡的な温度上昇にうねり(段付き)を生じますので45°拡散モデルの理想曲線からは外れます。

 また計算に頼らず半導体の表面温度を直接測定する手法としてチップ表面に液晶を垂らし、温度変化を色相変化として観測する手法があります。しかし、開封しなければならないこと、さらには液晶自身を温度変化させねばならないので得られる結果は定常的な温度の不均一性の観測に留まり、過渡的な温度変化は観測できません。

注)熱の伝わりやすさを表す物性値は熱伝導率{W/(m・K)}と呼ばれ、一般にはλ、κなどのギリシャ文字で表します。
 よく似た用語に“h”で表される熱伝達係数{W/(m2・K)}がありますが、この値は物性値ではなく面を通過した熱流量と境界面の温度差から求められる実験値です。主として界面の熱の流れの様子を表す評価指数として用いられますが時として熱伝達率と記載されることがあります。この用語の揺らぎが先の熱伝導率との混用を招いていますので筆者は意識して“係数”を使用しています。

 今回は温度計算の道具ともいえる原理(前提条件、仮定)について説明しました。次回以降はこの原理を各種波形に適用し、得られた結果と従来の式を比較し、その妥当性を検討します。


執筆者プロフィール

加藤 博二(かとう ひろじ)

1951年生まれ。1972年に松下電器産業(現パナソニック)に入社し、電子部品の市場品質担当を経た後、電源装置の開発・設計業務を担当。1979年からSPICEを独力で習得し、後日その経験を生かして、SPICE、有限要素法、熱流体解析ツールなどの数値解析ツールを活用した電源装置の設計手法の開発・導入に従事した。現在は、CAEコンサルタントSifoenのプロジェクト代表として、NPO法人「CAE懇話会」の解析塾のSPICEコースを担当するとともに、Webサイト「Sifoen」において、在職中の経験を基に、電子部品の構造とその使用方法、SPICE用モデルのモデリング手法、電源装置の設計手法、熱設計入門、有限要素法のキーポイントなどを、“分かって設計する”シリーズとして公開している。


連載『中堅技術者に贈る電子部品“徹底”活用講座』バックナンバー

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

RSSフィード

公式SNS

EDN 海外ネットワーク

All material on this site Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
This site contains articles under license from AspenCore LLC.