CAEの失敗事例として、今回も構造物の解析失敗に関するものを紹介します。正帰還型回路の初期条件の設定などに役立てられる事例です。
新聞記事などで公開されるCAEの失敗事例はどうしても影響の大きい構造解析関係の記事が中心になります。今回紹介する事例もやはり構造物の解析失敗に関するものです。関連記事を2012年6月22日付 朝日新聞から引用します。
(記事ではX社は実名ですが事故の開示が目的ではありませんのでX社としました)
<引用>
蒸気発生器の配管破損で停止中の米カリフォルニア州南部のサンオノフレ原発について、米原子力規制委員会(NRC)は、製造したX社の『不十分なコンピューター分析が設計ミスを招いた』との調査結果を明らかにした。AP通信などが報じた。
原発を運営する電力会社は、電力需要が高まる8月中は運転再開ができないとしている。
NRCの調査チームを率いたグレッグ・ワーナー氏が18日、州南部で開いた公聴会で『X社のコンピューターシミュレーションが蒸気発生器内の蒸気や水の速さを見誤った』との見方を示した。このため配管の束の支えが弱くなり、振動が起きたという。運営する南カリフォルニア・エジソン社に罰則が科せられる可能性がある。
X社は20日、この問題で初めて公式にコメントを発表。『蒸気発生器は日本の原発向けのほぼ2倍と超大型で、国内とは仕様や条件が異なる』 『国内では類似の事象が発生する可能性はない』と釈明した。
(出典:2012年6月22日付 朝日新聞)
問題の蒸気発生器は図Aに示すように、炉内を流れる高温・高圧の1次冷却水と安全な2次冷却水との間で熱交換を行い、この2次冷却水から発電用の蒸気を作るものですが、この蒸気発生器の内部構造に問題があったようです。
X社の蒸気発生器には直径2cm程度の蒸気細管が数千本取り付けられていますが、高温の水と水蒸気の気液混相流が蒸気細管内を高速で流れた時に予想外の振動が細管に発生して保持部分で亀裂が入ったものと記事から推定できます。つまり、混相流が流れることで構造的に共振して細管の振動となったようです。本来なら構造解析ツールの固有値解析機能で気液の混合率に応じた各状態での共振周波数を調べ、その周波数での振動について過渡解析を行って振動の様子を解析しなければならなかったのです。
これらのミスは記事中のX社のコメント
に代表されるように、国内仕様の結果をそのまま類推したものであり、『サイズの違いが結果の何に影響するか』の検証を忘れたために起きてしまったものです。(設計FMEAが機能していなかった?)
この種のミスをSpiceでの回路解析に置き換えれば、Qの高い共振回路に高周波電流を流したために振動が成長したものに相当します。あるいは本連載の9回目『解析実行エラーの原因と対策(その4)』で述べたようにフリップ・フロップやウィーン・ブリッジに代表される正帰還型回路の初期条件を誤ったものに相当します。この種のミスを防止するには正帰還回路や共振回路の応答特性を調べ、与えたノイズがどのように成長するかの配慮が必要なのです。
事故内容については検索エンジンを使って「サンオノフレ」で検索するといくつかのWebサイトが見つかります。
蒸気発生器についてはWikipediaや下記の資料を参照してください。写真や説明資料があります。
加藤 博二(かとう ひろじ)
1951年生まれ。1972年に松下電器産業(現パナソニック)に入社し、電子部品の市場品質担当を経た後、電源装置の開発・設計業務を担当。1979年からSPICEを独力で習得し、後日その経験を生かして、SPICE、有限要素法、熱流体解析ツールなどの数値解析ツールを活用した電源装置の設計手法の開発・導入に従事した。現在は、CAEコンサルタントSifoenのプロジェクト代表として、NPO法人「CAE懇話会」の解析塾のSPICEコースを担当するとともに、Webサイト「Sifoen」において、在職中の経験を基に、電子部品の構造とその使用方法、SPICE用モデルのモデリング手法、電源装置の設計手法、熱設計入門、有限要素法のキーポイントなどを、“分かって設計する”シリーズとして公開している。
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