何事においても、「目的を同じくしながらも表現やプロセスが異なる」ことは少なくありません。半導体の英文データシートでも同じ。違う言葉を使っているのに、実は同じことを言っている。英語が苦手な我々を振りまわす頭痛の種です。今回は、そんな英語に惑わされないようにするためのアドバイスをお届けしたいと思います。
ひな祭りですね。娘さんがいらっしゃる方は、ひな壇を飾って、健やかな成長をあらためて祈っていることと思います。私は、このイベントでありつける、ちらしずしが楽しみです。何? 目的が違うんじゃないかって? いやいや、ちらしずしを食べることで、自分の心(と腹)を満たし、その嬉々とした気持ちを娘と分かち合いつつ、どうか心豊かに成長してほしいと祈っております。
目的は同じでもちょっとプロセスが違うように見えてしまうのでしょうか……。確かに、何事においても目的を同じくしながらも表現やプロセスが異なる場合ってありますよね。英文データシートにもそのようなことは多々あります。違う言葉を使っているのに、実は同じことを言っている。英語が苦手な我々を振りまわす頭痛の種ですね。ということで今回は、その表現こそ異なれども、意味は同じ、という英語に惑わされないようにするためのアドバイスをお届けしたいと思います。
半導体製品の英語のデータシートは、当然のことながら、英語ならではの独特の表記がてんこ盛りです。例えば、これは標準規格に対応する製品のデータシートに特に多いのですが、その規格を満足することを表現するために「Compliant」とか「Full Compliant」などという言葉が使われます。RS-232やRS-485の通信インタフェース、それからSPI、I2C、I2Sといったシリアルインタフェースなどの標準規格に対応するICですね。
ただ、「Compliant」だけではなく、「Compatible」という言葉で表現されることもあります。日本語では「(その標準規格に)準拠」という言葉を使う場面なのですが、なぜ英語では微妙に違う言い回しが複数あるのでしょうか。何か違和感がありませんか? そう、これが同じ意味を持つのに違う言葉を使ってしまう、英語のマジックです。
標準規格に準拠していることをユーザーに伝えたいだけなら、「Compliant」の一語があればいいのです。しかし、「Compatible」という単語は、日本語では「互換」や「適合」に相当し、「準拠」とは若干ニュアンスが異なります。
例えば、イーサネット経由で電力を給電するPower over Ethernet(PoE)の標準規格「IEEE 802.3af」に対応する半導体製品「MAX5988A/B」のデータシートを見てみましょう(PDF形式のデータシートが開きます)。下図に示す通り、なんと1ページの中で3回も「Compliant」という言葉を使っています。これは、「この製品は標準規格に“準拠”しているから、規格を満たしたいのであれば、これで問題ないのよ!」という意味です。
一方で「Compatible」は、上述の通り、日本語では「互換」という意味合いです。機器設計者の皆さんはコストの低減を狙って部品の置き換えを考える際に、“ピンコンパチ”、“フルコンパチ”、あるいは“アッパーコンパチ”といった部品を検討されると思いますが、その“××コンパチ”というのが英語のCompatibleです。
この規格のときに使用される“コンパチブル”という言葉、「その規格に適合できるので、問題ないよ」という解釈がよろしいかと思います。
それでは、CompliantとCompatibleという言葉の両方を使うデータシートの例を見てみましょう。不揮発性I/OエキスパンダーICで、I2CとJTAGの両方のインタフェースを備えた「DS4550」のデータシートです(PDF形式のデータシートが開きます)。2つのインタフェースはちゃんと標準規格に準拠しているのでしょうか?
まずは、I2Cインタフェースの方を確認してみましょう。こちらは、データシートの1枚目に早速“Compatible”という単語が記載されているのを確認できました。
さらに、データシートの中身を確認してみましょう。おや? 注釈のところ(Note 4)に「backward-compatible」と書いてあります。compatibleはコンパチなのですが、「backward」ってなんだかちょっと不安になる言葉ですね……。でも、違うんです! 「backward」という言葉単体では確かに“下位”という意味になってしまうのですが、「compatible」がくっつくと“上位互換”という意味になるんですね。これは混乱しがちなので注意してください。Note 4で言っているのは、「ここで示したタイミングは、高速モード(400kHz)動作です。I2C標準モードのタイミングにも“上位互換”している」ということです。従ってこのICはI2C規格に適合しているので、問題ありませんね。
もう一方のJTAGはどうでしょう。下記のように「IEEE 1149.1 compliant JTAG」と書いてあるので、バッチリ問題ないことが分かりました。
このように英語には、単語レベルで見ると違う言葉でも、意味や言いたいことは同じというものがあります。他にも例えば、「以上」という意味で、「more than……」や「greater than……」といった幾つかの表現が使われます。これについては、今後の連載で回をあらためて紹介したいと思います。
それでは皆さん、ひな祭りとちらしずしを楽しみましょう!
赤羽 一馬(あかばね かずま)
1995年に日系半導体メーカーに入社。5年間にわたって、アナログ技術のサポート/マーケティングに従事した。2000年に外資系アナログ半導体メーカーのマキシム・ジャパンに転職。現在は、フィールドアプリケーション担当の技術スタッフ部門でシニアメンバーを務めている。
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