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ビルのデジタル化を加速する 「シングルペアイーサネット」の役割とは?ネット・ゼロ達成の鍵(5/5 ページ)

» 2024年05月20日 11時00分 公開
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セキュアな通信

 スマート・ビルに関する大手調査企業Memooriは、「今後のスマート・ビルの普及に対する大きな障壁として、効果的なサイバー・カバーの欠如が急浮上している」と指摘しています*12)

 ビルのデジタル化を図る上ではいくつもの課題に直面します。その1つがIT領域とOT領域の融合です。例えば、RS-485をベースとする旧来のフィールドバスを採用したOTネットワークがあった場合、BACnet/SCのようなプロトコルにアップグレードすれば、セキュリティ用の機能を後から追加することは可能です。しかし、それにはコストと時間がかかり、既存のシステムの脆弱性を見逃す可能性があります。あらゆる産業用制御システムの中で、ビル・オートメーション・システムは特にサイバー攻撃の対象になりやすいものだと言えます。Kasperskyによる2020年の調査結果を見ても、石油、ガス、エネルギー、自動車の製造といった分野と比較して、ビル・オートメーション・システムはより多くの攻撃を受けています*15)。そのため、ビル・オートメーション・システムに効果的なセキュリティ機能を適用するのは非常に重要なことです。

 セキュアな通信を実現するために、旧来の有線シリアル通信プロトコルであるBACnetはBACnet/SCに改訂され、有線のシリアル・リンク上で暗号化を使用し、セキュアな通信ができるようになりました*12)。ただし、そうした新たな機能を最大限に活用するためには、ネットワーク上のBACnet対応機器を全て同時にアップグレードしなければなりません。BACnetを使用していた既存の機器については、BACnet/SCの暗号化機能に対応できるようにするために再設計や保守を適用する必要があります。

 シングルペアイーサネット(10BASE-T1L)を採用する場合、BACnetのような非セキュアな有線のシリアル通信によって接続されていたエッジノードをアップグレードしなければなりません。また、プロトコルとしては、イーサネットをベースとし、セキュリティ機能に対応するBACnet/IPを使用して接続を実現することになります。ここで1つ注目すべきことは、既存の信号パスにコストをかけて新たなイーサネット・ケーブルを敷設することなく、その優れたセキュリティ機構を利用できるということです。

 OTネットワーク上の機器をアップグレードし、セキュアなイーサネットベースのプロトコルを使用するようにすれば、サイバー攻撃に関連する多くのリスクを軽減できます。シングルペアイーサネット(10BASE-T1L)を採用する場合、既存の配線インフラを再利用しつつ、ハードウェアを1世代分だけアップグレードすることで、非セキュアな旧来の通信からイーサネットをベースとするセキュアな通信への移行を果たすことができるはずです。

 シングルペアイーサネット(10BASE-T1L)は、エッジにIP接続をもたらす重要な技術で、セキュリティの改善、配線の再利用、IT/OTネットワークの融合といったメリットに加え、電力伝送の機能も提供します。スループットの大幅な向上、ゲートウェイの排除、高度なセキュリティにより、シングルペアイーサネットはビルの業界に大きく貢献します。先述したように、IEAの2030 Net ZeroではCO2の排出量を15%削減するという目標が掲げられています。シングルペアイーサネットを採用することにより、ビル業界がこの目標を達成できる可能性が高まります。通信インフラを現代化すれば、ビル内で生成される膨大な量のリアルタイムデータを利用できるようになります。それだけでなく、データのサイロ化を解消し、SPOGによる管理を実現することが可能になります。また、従来の制御方式については、制御ループの高速化を図れます。さらには、AI/ML(機械学習)による最適化がサポートされます。その結果、実用的なインサイトを生成することが可能になり、エネルギー消費量を大幅に節減できる可能性が生まれます。


著者プロフィール

Meghan Kaiserman

アナログ・デバイセズでサステナブル・ビルディングを担当するストラテジック・マーケティング・ディレクタです。インテリジェントなIO、シングルペアイーサネット、セキュリティなどを含むデジタル化技術に注力しています。アプリケーション・エンジニア、システム・エンジニアの業務を含めて、当社でのキャリアは18年以上。エネルギー計測に向けた高精度のアナログ製品や産業用イーサネット製品など、産業市場向けの製品開発を担当してきました。科学と芸術の発展のためのクーパー・ユニオン(ニュー・ヨーク市)で電気工学の学士号を取得しています。


参考文献
※1) 「Buildings(ビルディング)」IEA(International Energy Association:国際エネルギー機関)
※2) 「New Ventilation Design Criteria for Energy Sustainability and Indoor Air Quality in a Post COVID-19 Scenario(COVID-19以降のエネルギーの持続可能性と屋内の空気の質のための新たな換気設計基準)」Renewable and Sustainable Energy Reviews、Vol. 182、2023年
※3) Net Zero by 2050 - A Roadmap for the Global Energy Sector(2050年までのネットゼロ - 世界のエネルギー部門のロードマップ)、IEA(International Energy Association:国際エネルギー機関)、2021年
※4) Energy Efficiency 2021(エネルギー効率 2021年)、IEA (International Energy Association:国際エネルギー機関)、2021年
※5) IEA Annex 81 Activity A1 - A Data Sharing Guideline for Buildings and HVAC Systems(IEA 付録81 活動A1 - ビルとHVACシステムに向けたデータ共有のガイドライン)、IEA(International Energy Association:国際エネルギー機関)、2023年
※6) The Ultimate Guide to Building Automation Protocols(ビル・オートメーション・プロトコルの完全ガイド)、Smart Buildings Academy、2020年
※7) 「Research Study Indicates BACnet Global Market Share over 60%(調査研究 - BACnetの世界市場シェアは60%以上に)」BACnet International、2018年
※8) 「A New Detailed US Field Device Study Is Released(米国のフィールド機器に関する詳細な調査結果)」BSRIA(Building Services Research and Information Association)、2020年
※9) 「Single Pair Ethernet on Its Way into the Smart Building(スマート・ビルにシングルペアイーサネットを適用する)」Smart Buildings Technology、2020年
※10) Improving BACnet®(BACnet®の改善)、BACnet、2020年
※11) 「How to Cost-Effectively Network Sensors for Building Management Systems(ビル管理システム用のセンサーを高いコスト効率でネットワーク化する方法)」DigiKey、2023年
※12) 「Cyber Security in Smart Commercial Buildings 2022 to 2027(スマートな商用ビルにおけるサイバー・セキュリティ2022年〜2027年)」Memoori、2022年
※13) 「Industry 4.0 for Energy Productivity(エネルギーの生産性のためのインダストリ4.0)」RACE for 2030、2021年
※14) 「How IP Controls Are Changing Building Automation Controls(IP制御はビル・オートメーションの制御をどのように変革するのか)」ControlTrends、2022年2月
※15) 「Threat Landscape for Industrial Automation Systems(産業用オートメーション・システムに対する脅威の状況)」Kaspersky、2021年3月

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