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Spiceの新しい応用解析:自然対流問題(その2)SPICEの仕組みとその活用設計(20)(3/3 ページ)

» 2015年01月29日 09時00分 公開
[加藤博二(Sifoen),EDN Japan]
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精度比較

 このように計算できることは分ったのですが、この計算手法の精度はどの程度なのでしょうか?

 比較対象として、参考資料1「CFDによる自然対流のカンどころ」の検討事例と比較します。

 同資料には各種物性値や解析条件が明記されており、加えて20×30 t=2 ε=0.3のアルミ板に発熱1Wを均一分布で与えた場合のCFDツールでのメッシュ依存性、温度コンター図が図6、図7のように報告されています。

 なお、CFDツール自体の精度の検証は参考資料1で実験値と比較・確認されています。

メッシュサイズの依存性については図6をExcelで近似関数計算させた結果、“メッシュサイズ=0mm”で54.16(K/W)を得ましたのでこの値と比較することにします。

図6 メッシュ依存性 [参考資料1「CFDによる自然対流のカンどころ」(参考資料1-図5)から引用]
図7 温度コンター図 [参考資料1「CFDによる自然対流のカンどころ」(参考資料1-表3)から引用]

 同資料の解析条件は「全体に1Wを均一分布で与える」とのことですので、ヒートシンク内部の温度勾配は考えず、表面からの熱伝導だけを考慮します。つまり、1Wの損失を対流熱伝達と放射熱伝達で放熱する精度を評価することになります。
(注:図7の温度コンター図は分布を持っているように見えますが値は102.135〜102.283℃で0.148℃の差です)

 解析条件は次の通りとしました。

  • 放射係数:0.3/0.9(ε=0.3はアルミ生地を、ε=0.9は黒アルマイト処理を想定)
  • 損失  :0〜1W STEP0.01(100ステップのDC解析)

 合計200条件での解析をPSpiceとLT-Spiceの2つのツールでパラメトリック機能を用いて実行しました。

図8 Pspice-Probeの結果表示
図9 LT-Spice-Probeの結果表示

 ちなみに多くの文献では金属表面の放射係数εは0.05〜0.1とされていますが、経験的にはこのような条件はまさに鏡のような鏡面仕上げ以外には見当たらず、顔がはっきりと映らない生地表面はε=0.2〜0.3程度が実験と合うようです。

放射係数 PSpice LT-SPICE CFDツール
(参考資料1)
ε=0.3 54.363 54.346 54.16
ε=0.9 40.269 40.242 ――
表4 Spiceでの温度上昇解析結果(損失1W時)

 図8/図9のデータからカーソルで値を読み出すと損失1W時は表4のような温度上昇(ΔT)となりました。

 また、黒色アルマイト処理(ε=0.9)では温度上昇は△26%となり、経験的な範囲に収まる値となりました。

 さて、検証の目的である精度ですが、参考資料1のCFDツールとの差は0.4%程度、Spice相互間では0.03〜0.07%程度の差となりました(これはSpiceの収束判定値の差分と考えられます)。

 この程度であれば充分、CFDツールの代用はできると思います。

 何より200条件の解析実行時間はOUTファイルの結果から合計で30mSと充分高速な結果が得られています。CFDツールなら図7の精度を保ったまま200条件を解析するには5分×200ケース≒1000分(16Hr)程度必要ですから非常に高速(約200万倍)に計算できるかが分かります。

 しかし結果の信頼性(V&V)ということを考えれば、計算速度の優劣よりも「計算原理の違う熱抵抗回路網法と有限体積法で同じ結果が得られた」ということの方がはるかに重要なのです。

 複数の有限体積法によるCFDツールを比較しても、しょせん同じ原理による計算式を解いているだけです。共通の原理原則的な落とし穴がないとは言い切れません。


 ※ここで紹介した手法だけでは決められた簡易な形状だけしか解析できませんが、現在のレベルでもヒートシンクの最低サイズを事前に検討したりする熱設計の事前検討には充分使用できます。使えるケースには積極的に使っていけば良いと思います。

 なお、番外編のCAEのV&Vの失敗事例(3)で、ツールのプログラム内容を秘匿にしたためにプログラマーの思い込みのミスが28年間も見つけることができなかった事例を紹介しています。

 次回はこの熱抵抗解析モジュールをもう少し複雑な系に適用した事例を紹介したいと思います。


参考資料1:CAE懇話会講演資料 07/09/05 第11回中部CAE懇話会資料「CFDによる自然対流のカンどころ」


執筆者プロフィール

加藤 博二(かとう ひろじ)

1951年生まれ。1972年に松下電器産業(現パナソニック)に入社し、電子部品の市場品質担当を経た後、電源装置の開発・設計業務を担当。1979年からSPICEを独力で習得し、後日その経験を生かして、SPICE、有限要素法、熱流体解析ツールなどの数値解析ツールを活用した電源装置の設計手法の開発・導入に従事した。現在は、CAEコンサルタントSifoenのプロジェクト代表として、NPO法人「CAE懇話会」の解析塾のSPICEコースを担当するとともに、Webサイト「Sifoen」において、在職中の経験を基に、電子部品の構造とその使用方法、SPICE用モデルのモデリング手法、電源装置の設計手法、熱設計入門、有限要素法のキーポイントなどを、“分かって設計する”シリーズとして公開している。


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